「あの日」以来、刻一刻と状況が変化していく情報に追い付こうとテレビから目を離せず、度々繰り返される余震に身をかたくして過ごしてきたけれど、そろそろ気を持ち直さなくてはいけないのかもしれない。
被災地の方々の相変わらずの窮状は本当に心苦しく、三月も終わりとはとても思えない寒い風の舞う日々に、どんなにか東北の人々は大変なことだろうと、ついついこちらの心も沈みがちになってしまうけれども、自分ができることとすべきことはしっかり考えなくちゃいけない。
「地震、雷、火事、おやじ」とは良くいったもんだと、3月11日のあの揺れのさ中になぜか真っ先に思ったものだけど、地震の前にできることと、地震の後にできることはあっても、地震のさ中には人間なんて何もできないもんだと思い知った。
1995年には阪神淡路大震災、2011年には東北関東大震災、その間にもトルコの大地震やスマトラ沖の地震、つい先日はニュージーランドの地震があった。
天災以外にも常に世界のどこかではテロがあったり戦争があったり、事故があったり。
世界中で「ここならば絶対安心」という地はなく、今回はたまたま東京にいた私たち家族は無事で、埼玉にある家も無事だったけれども、「その次」に自分自身が無傷である保証はどこにもない。
そもそも一週間ずれていれば、あの日私は仙台にいるはずだった。
いつ何があるのか分からないのなら、今できることをやるしかない。
黄色いポンポンを枝いっぱいにつけたミモザや、少しずつ膨らみ始めている銀色の木蓮のつぼみや、道端に咲いているパンジー、そんなんを眺めながら「春だなぁ」とぼんやりのんびりできることが、どんなに幸せな瞬間なのか、今回しみじみと感じいった。
亡くなった大勢の方や、今も被災地で不便な生活を強いられている方々、現地で様々な活動に身を粉にして働かれている自衛隊や警官や役所やボランティアの方々、また現在原発の処理に文字通り命をかけて取り組んでおられる方々には本当に頭が下がるばかりで、自分のできることなど微々たるものだと思ってしまうけど、また、一方では自分がやろうと思っていたことや、現在持っている仕事に対して、私は元通り力を傾けるべきなんだとも思う。
海外の一部では、「日本壊滅」くらいのイメージでもって現在の日本は語られているけれど、これで終わりじゃありませんよ。
全然まだまだこれからですよ。
ただ「お行儀のいい日本人」だけではありませんよ。
というところで。
これまで落ち込み気味だった気持ちを引き上げて、今やれることをやっていきたいと思います。
日本中がはやく春を感じられるようになりますように。

0 件のコメント:
コメントを投稿