2011年12月18日日曜日

ドイツ・クリスマスマーケット

キンキンに張りつめた冬の空気。

に、対する心を暖ためる明るいお星さまたち。

グリューワインのシナモンの甘い匂い、ソーセージや豪快な鳥たちの皮がジュージューと焼ける食欲をそそる匂い、シュトレンやクッキーの香ばしい匂い。

暖かい毛糸の帽子やマフラーで、鼻まですっぽり覆った大きい人たちの群れ。

その場にいてもどこか不思議な現実的でない空間、それがクリスマスマーケット。

何年も何年も通い続ければ、いつか当たり前の風物詩になるのかな。


2011年12月3日土曜日

師走



12月がはじまりましたね。

ベルリンでもいろんな広場でクリスマスマーケットが賑わっています。

ストーリー

私は船に乗って長い旅路に出る。
目指すのはカリブ海だ。

そこで私は海賊になる。

マスクも用意した。
革製の頑丈なものだ。

これで大統領を暗殺できるだろう。

唯一の問題がある。
それは、武器がないってことだ。

床に大きな石が転がっている。
あれを拾うだけの時間があるだろうか。

しかしそれしか方法はない。
それが私に残されたたった一つの道なのだから。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


ある日の授業。
生徒がくたびれモードなもんで、皆で物語ゲーム。

3人×6グループになり、皆でショートストーリーをつくっていく。
最初のグループが1,2行の文章を書き、次のグループがそこに新たな物語を足していく。

だけど、それぞれが読んでいいのは前のグループが書いた文章だけ。それ以前のグループが書いた物語は読むことができないから、全体像は把握できない。

それででき上がった物語は全部で6こ。
そのうちの一つがこれ。

つじつまが合っていないようで、それなりになっているから面白い。

2011年11月15日火曜日

オレオレ?

携帯電話に知らない番号から電話がかかってきた。
 出てみると、年配のドイツ人女性がうわーっと喋りまくっている。 

以前、「知らない人からだ」と思ったら、実は知っている人だった…ということがあったから、しばらくは黙って喋っているのを聞いていたけれど、どう考えても私の知っている人ではないし、話している内容も私には無関係そう。 
なので、途中で「失礼ですが、どちらさまですか」と聞いてみた。 

すると一瞬の沈黙の後で、 「おばあちゃんよ。あなたのおばあちゃんじゃない!」という。 

え。。 あ、そうか。おばあちゃんか。 やだなー、私ったらうっかりもの。 

と思ってみたものの、いやいやまてまて。 
私のおばあちゃんは2人ともとうの昔に亡くなっている。 
なので、再び喋り始めている相手の話を中断して、 「申し訳ないけれど、番号を間違えていると思う。 私は日本人で、みうらまなみというものです。 あなたは私のおばあちゃんではありません」といってみた。 

そうしたらかなりの沈黙の後、ものすごいショックを受けた声で、 「何を言っているの! あなたは私の孫よ! その私のことを、あなたは忘れてしまったの?? 私のことを忘れたというなら、おじいちゃんのヘルムートのこともあなたは忘れてしまったの!!」ときた。 

え~、、。 そういわれると自信なくなるな~。 
う~ん、すっかり忘れてたけど、そういわれれば私のおじいちゃんはヘルムートという名前だったような……。 

いやいや、まてまて。 私のおじいちゃんの名前は、たしか季彦と村夫だったはずだし。

 というか、その前に私は日本人だし。 どう考えても、ドイツ人のおじいちゃんやおばあちゃんがいるのはおかしいと思うんだよね。 

で、らちが明かないので、ちょうどその時部屋にいたドイツ人女性に代わってもらった。 

しかし流暢なドイツ語に代わっても、むこうに事情を理解してもらうのにはだいぶ長い時間がかかったよね。 
途中から彼女も苦笑し始め…。 
「とにかく、彼女は日本人であなたの孫ではないから、もういちど電話番号をよく確かめて電話し直してください。 どうしても緊急の場合は、一緒にもういちど考えましょう」 といってくれて電話を切った。 

どうやら彼女は87歳のおばあちゃんで、イギリスにいる孫に赤ちゃんが生まれたそのお祝いに、電話をかけたつもりだったらしい。 
いやはや。。 
でも、その後電話がかかってこないことをみると、ちゃんと孫に繋がったと考えていいのかな。

2011年11月2日水曜日

語尾変化

今日の授業。 
 しつこく形容詞の語尾変化の練習。 

 A1でとっくに学んでいるはずの形容詞の語尾変化だけど、結局いまだに外国人にとっては苦戦の的で、生徒も先生もこいつに悩ませ続けられている。 
面倒くさいから e も er も em も en も全部無視して、すべて e で統一しているふしのある生徒もたまにいるくらいに、たしかに面倒くさい。

 形容詞が修飾される名詞の頭には、定冠詞か不定冠詞がついているけれども、たまに冠詞がない場合もある。
 しかし、そもそもその冠詞の前に前置詞はつくのかつかないのかでその後の運命が分かれてくる。
仮に前置詞がつくとして、その後に来る名詞は2格になるのか3格になるのか4格になるのか。 はたまた、それを決めるべき動詞はどこにあるのか。

 そもそも肝心の名詞は女性なのか男性なのか中性なのか、それとも複数なのかも問題だ。 

 単純といえば単純だし、練習問題を解いてる分には何となくできる気になっているけれど、これを日常生活で使いこなせるかと言えば、それは絶望的になってくる。

 そんな生徒の無言の訴えが聞こえたのか、おもむろに先生が語りだす。

 「みんな、よくきくように。 みんなはベルリンに住んでいてあまり感じていないかもしれないけれど、ドイツは階層社会だ。 自分が接している相手がどの階層に属しているか、無意識のうちでもドイツ人はしっかり理解している。ドイツの階層を分けているのは、貴族や平民と言うようなことではなく、服装、振る舞い、表情、話す内容、そして話すドイツ語のレベル。 
 たとえばこの形容詞の語尾変化の活用は、ドイツに来て1年2年の人間なら完璧にできなくて当然。 しかし、もしドイツに生活して3年4年してもまだ正確な語尾変化をさせられていないとしたら……。 
私なら、この人物は学歴のない人間か、あるいはあまりに怠惰であるかどちらかとみなして、その後深い話はしない。 確かに自分の見方は極端すぎるかもしれないけれど、形容詞の語尾変化にきちんと気を使えない人間は、そのほかのあらゆることにおいて気を遣えないと思うからだ。 
 ここにいる人間は全員、自国で大学を終了してきているか、あるいはこれからドイツの大学に進もうとしているかのどちらかでしょう。 だとしたら、数年後には完璧にこの語尾変化をできるようになっていることを目標に、今この練習を解くように。 
 それでは、次。 そこの君。この問題を解いて。」 

 もともと静かだった教室が、さらにシーンと静まり返ったよね。

2011年10月29日土曜日

Glühwein



寒い北風が吹く中、ポツダム広場の辺りをさまよっていたら、ワイン専門店が店先にテーブルを出してグリューワインを売っていた。

そんな季節になったんだな~

「ひとつちょーだい」と注文。
二人いたから「二つだろう」と言われるけど、一人で私はそんなに飲めないの。

友達と半分こするから「ひとつ」と言い張っていたら、「仕方ないな」的にコップ半分に分けてくれた。
まわりのおっちゃんたちに笑われたけど、かなりなみなみついでくれたね。

写真だとコーヒーにしか見えないけどね。
香辛料とか入れた赤ホットワイン。

体があったまりました。

HOKUSAI



ポツダム広場近くのマルティン・グロピウス・バウで「HOKUSAI」展。

入りは盛況。
結構並んだ上、展示室に入るのにも入場制限していた。
期間も延長したみたいね。


日本でも北斎の浮世絵の展示を観たことあるけれど、今回は外国人に向けての展示だから、浮世絵の解説以前に日本の風習などの説明から丁寧に解説してあって、それがなかなか面白かった。

隅田川の花火とは、きつねのよみいりとは、5月5日の子どもの日とは、などなど。

北斎漫画では大人はぷっとふきだして、鳥や蛙の絵の前では一歳くらいの子がダーダ―喜んでた。


もっとも訪れた人が全員固まっていたのは、展示後のビデオコーナー。
浮世絵はどうやってつくるのか。
その過程を現代の職人さんたちが実践している映像が流れている場では、全員目が点になってたね。

「うそだろう、、こんなんして全部つくったのかよ」的な。

木版画はヨーロッパでもあるけれど、こんな精密な作業ででき上がる完成度があれってやっぱ信じられないよね。
日本髪の一本一本の細かさとか、小さな唇にのせる赤色のこだわりとか半端ないわ。





2011年10月5日水曜日

先生



「8週間、ペルーへ旅行にいってくるわ~」
と、クラスを放り投げて旅立ってしまった先生を見送ってはや一カ月弱。

次にきた先生は特別悪くもないけれど、良くもない。

前の先生が非常に評判も高かっただけに生徒たちのモチベーションも下がりまくり。
事務所にクレームをつけた生徒もいたとかいないとか。

たとえば、単語の意味を聞かれて、英語に置き換えて説明するのって良くないよね。
練習問題の答え合わせの時に、先生自ら解答例を読み上げるのも良くないよね。
細かい表現の説明を求められて、「理由は特にないけれど、ドイツ人はそう言うんだ」という説明にもなっていない説明も良くないよね。
あとは宿題にしてもいいような問題を授業時間内にやらせるとか、
生徒同志で適当に喋らせている間に自分は作文の添削をするとかね。


で、今週から新しい先生。

生徒からのクレーム話を聞いてきたのか、最初からビシバシ厳しい感じ。
宿題だって出しまくるから、と宣言。

でもそう言うだけあっていい感じ。
容赦しない感じがいいね。

似たような表現の違いも、よくよく考えて例を用いて丁寧に説明してくれるしね。

おかげでみんな借りて来た猫のようにおとなしく勉強しています。

2011年9月15日木曜日

vorbei




あぁ、夏が終わる。

夏があったのかどうかも疑問だけど、うやむやのうちにとりあえず秋が来てしまった。

日本では四季のうちだんとつに秋が好きだったけれど、こちらでは夏。



もしかしたらあっという間に過ぎ去ってしまう季節により愛着を感じるのかもね。


neu



旅先で酷使しすぎると、疲れて震えだす私のカメラ。

印象派風に景色が撮れる新機能です

そう言い張る私の説に賛同してくれる人が今のところ皆無なのが残念な限りだね。

2011年8月24日水曜日

Waldbühne



ベルリン中心部からほんの少しだけ外れた森の中。
Waldbühneでの野外コンサートでダニエル・バレンボイム指揮、West-Eastern Divan Orchestra演奏のベートーベンの第八交響曲と第九交響曲を聴きに行った。


木々がうっそうと茂る森の中、19時から始まり、間30分ほどの休憩をはさみ、空の色が徐々に夜の色に移行していく中でのベートーベン。
チケットをネットでとった時には、第八をやるということは決まっていたけれど、第九をやるとは載っていなかったはず…。
まさか交響曲を二つもするとは思ってもおらず、ましてや第九ということで、母を連れていってよかったよかった。


観客席を見渡すと、クラシックファンはもとより、本来ならあまりクラシックコンサート場には見かけそうもない、全身に刺青をほどこしたスキンヘッドのお兄ちゃんや、チェーンじゃらじゃらのおじちゃんたちもいる。

そうして休憩中には、ビールやワイン、クレープやウインナのスタンドに長蛇の列。
さながら野球観戦のような雰囲気。



盛り上がった観客は楽章ごとにも拍手しちゃうけど、バレンボイムも慣れたもので全然へっちゃら。
その間に汗をふきふき、小休憩。
さすがに四楽章のコーラスの間に感極まった観客から拍手が出た時だけは、他の観客から「シーッ!シーッ!」と制止の合図がおこってたけど、全て終わった後の観客の盛り上がりようときたら!
これまで聴いてきたクラシックコンサートではありえないようなハイテンションぶり。
拍手あり、口笛あり、歓声あり。



音楽ってきっと、その場の雰囲気が思った以上に相互作用で影響しあうんだろうなぁ。
演奏者にとっても観客にとっても。
堅苦しいマナーにのっとればここでの観客はお行儀のいい聴き手ばかりではなかったかもしれないけれど(途中で帰っちゃう人もいたし)、でもクラシックの「ルール」を知らない人も交えての観客を相手の演奏は、それはそれで演奏者にとってのいい刺激になるはず。
良くなかったら途端に観客のテンションは下がるし、良ければ良いで異常な盛り上がりを見せる。

「一期一会」ってこういうのを言うんだろうな。

きっとバレンボイム指揮の第九を聴いたからって、いつもいつもこの雰囲気、盛り上がりをみせるわけではないんだ。
それに今回の演奏だって、きっと批評家やプロが見ればいろいろつつくところはあったのかもしれない。
音響だって野外でやるということはそれだけで、かなりリスキーだ。
音は核散してしまうから、マイクを多用している。
結果として、音は生演奏の迫力よりも、一瞬録音的な感じになってしまうから。

でもそんないろいろがあったとしても、少なくとも私にとっては一生忘れられない第九になった。



2011年8月12日金曜日

Paris



パリパリ。

学生時代に友達とちょっとだけよった街。

お金なくて狭いユースに泊まって、いちご食べたな。

地下鉄の中でスリにあったのに、現金もってなさ過ぎてパスポート「はいっ」って返されたな。

なぜかこんなおしゃれな街でカタコンベとか観にいったな……とかとか。


今回改めて訪れるパリはやっぱりおしゃれで、同じH&Mで、同じ商品をおいてあるのにもかかわらず、こんなにもディスプレイを見た時の「うわぁ!」感が違うというのは、やはりこれはもうフランス人のセンスが際立っているとしか言いようがなく。。

トルソーに着せる組み合わせが悪くて商品が売れないという夢まで見てしまったパリ。。


ポンピドゥー・オランジェリー・オルセー・モンマルトル・マカロン、、


みんなみんなよかったな。


ベルリンの物価の四倍したけどね。
それだけのことはあったよね。


個人的にはモンマルトルとマレ地区がやっぱり好きです。




2011年7月29日金曜日

ストリート・マガジン

ベルリンには「小銭をくれないか」といってくる人がときどきいる。
駅や電車の中や街中、カフェでお茶を飲んでいてもそういう人が回ってくる。

海外旅行にいくとそういう人はしばしば見かるものだけど、なんというか、、ベルリンではあまりにあっさり爽やかに小銭を要求してくるのに最初少し驚いた。
そうして、意外と多くの人がお金を普通の渡しているのにも驚いた。

路上でいきなり話しかけられて、「えっっ?」って聞き直しているおばちゃんなども、その意図を察すると「ああ」という感じで財布をごそごそ。「はい」って渡して、そこから世間話が始まることもある。

路上でのパフォーマーも多いから、見知らぬ人にお金を渡すことに慣れているのかもしれないけれど、電車やカフェに「小銭頂戴」を回ってくる人々を、お店の店員たちも追い出すことはない。
むしろ時々、ケーキを出したりしている。

電車の中での彼らは実に堂々としている。
ある駅で乗り込んできて扉が閉まると、まずは口上から始まる。

自分の名前は○○で以前は何をしていたけれど今は仕事がないこと。
できたら小銭か何か食べるものをくれないか。

そういうことを独特の節回しで明るく元気な声で言った後、最後に「きいてくれてありがとう。お邪魔しました。良い一日を!そして旅行者の方はベルリンを楽しんで!」と締めくくり、車両を巡り紙コップを差し出す。
無視する人もいれば、財布をごそごそ出す人もいれば、会話を始める人もいる。


そんな中で以前から不思議だったのは、路上で新聞を売る人々の存在のこと。

私は日本でストリートマガジンの「ビッグイシュー」のライターもしていた。
ホームレスの人々が路上で雑誌「ビッグイシュー」を売り、その売り上げの一部を収入とするものだが、その活動内容に賛同もしていたし、雑誌自体も好きだったから昔から購読していたものだった。


だがこのようなストリートマガジンは、「ビッグイシュー」に限らず、世界中に存在している。
仕事がないホームレスの人々に、雑誌販売という仕事を提供していくというこの活動については、ビッグイシュー編集部の八鍬加容子さんが、現在サバティカル休暇を取りつつ、世界一周ストリートマガジン現状取材をされている。(「世界のストリート・マガジンをたずねて」

さて、そのストリートマガジン。
ベルリンでも独自の雑誌が発行されている。

Motzというその雑誌。

ベルリンに来て以来目にはしていたが、実は買ったことがなかった。
というか不思議だったのは、路上でのパフォーマーにはお金を出し、「小銭頂戴」といってくる人々に対しても財布を開いているベルリン人たちだが、ついぞこのMotzを買っている姿は見かけたことがなかったのだ。

どうしてなんだろう。。

…という疑問の謎が先日解けた気がした。

その日も私はカフェに座っていた。
すると、このMotzを手に掲げた人が店内に入って席を巡り始め、私のところにもきたので、どういう雑誌なのかみてみたいと思い、お金を出した。雑誌自体は1ユーロ20セントだが、細かいのがなかったので仕方なく2ユーロを出す。
すると「ありがとう!」といって立ち去ろうとする。
いやいや、と思い、「一部ちょうだい」と行ったところ、「申し訳ないけど、これはこの一部しかないから上げることはできないんだ」とのこと。
おもわず苦笑してしまい、「ならいい」と言ったけれども、ベルリン人がこの雑誌を買わない理由がちょっと分かってしまった気がした。
この人にとって雑誌を売るという仕事と、ひとからタダでお金をもらうということにまったく意味の違いはないんだな。


今から思えば、彼はMotzの正式な販売員ではなかったのだろう。
きっとどこかでこの雑誌を拾って、それを手に持つことで恰好をつけてお金をもらっていたのだろう。
しかしそういうことが一度でもあると、人はもう買わなくなる。


日本のビッグイシューが販売員さんたちにIDカードを出し、持ち場を定めている理由、「お金はいらない」というお客さんに対しても絶対に雑誌を渡すように徹底している理由、物乞いではなく仕事なんだという意識を徹底させている理由がすごい納得できた。


そんなことを考えていたら、日本で買っていた販売員さんたちの仕事ぶりが頭に浮かんできた。
わざわざ一部ずつ自腹でクリアファイルを買い、雑誌をその中に入れてお客さんに渡している販売員さん。
「お金はタダでもらわない」ことを理解しているお客さんたちが、「ならば、差し入れを」と持ってきた缶コーヒーやカイロが後ろにずらっと並んでいた販売員さん。
もと会社員だった人もいれば、作業員だった人もいる。
ものすごい流暢に接客できる人もいれば、あまり会話が得意ではないのか黙々と実直そうに働いている人もいる。


いずれにしても、私がこれまで接してきた彼らはプロだったなぁ……と思った一日。

2011年7月22日金曜日

役所

先日ビザをとってみた。

昨年まではビザ取得のためには朝の五時に行って長蛇の列に並ばなくてはならなかったらしいけど、今年から(?)はネットで予約できるというので待ち時間はほとんどなし。

でもね、あやうくとれないところだったよ、ビザ。

申請書とかパスポートとか写真とか用意して、「万全!」と思って臨んだのに、銀行の残高証明書を見たとたん
「これじゃ駄目」とかいってきた。

なぜならユーロじゃなくて円だから。

えー、だって日本の銀行の残高でも英文で残高証明書を出してもらえれば大丈夫って聞いてきたもん、といったものの、
「だってこれじゃユーロでいくらかわからないじゃない」ときた。
そんなんレートで調べればすぐわかるじゃん。
携帯でピコピコ計算して、
「今は一ユーロ114円くらいだから、ユーロにしたらこれくらい」と提示したら、
「全然足りないわよ」とあっさり却下。

あれ。。
一ケタ間違えていた…。

「さっきの間違い。こっちが本当!」と計算し直して見せたけど、
「本当かよ」的な表情で、かえって疑い度増したよね。。

なんか全然駄目、、みたいな雰囲気になってきたから、

「とにかく他の日本人だって日本の銀行の残高証明を出して通っているはずだから、これで大丈夫なはず」と言い張る。

最終的に、しょうがないわねぇみたいになって、
「他の人に聞いてくるからドアの前で待っていてちょうだい」と表に出される。

10分くらいまたされたよね。

本当にビザでないの?
だとしたら来月帰らなくちゃいけないじゃん。
でもこっち来て約二ヶ月間、仕事しかしてないんですけど。。

と思いながら待っていたら、ニコニコしながら係りの人がやってきた。

「なんか大丈夫みたい」と。

でしょぉ。
そうだと思ったのよ。


ということでとりあえずビザ出て万歳万歳。
だけど、これってあそこで引きさがっていたら出なかったってことよね。

けっこう、こわいものね、ビザ申請。


まぁ、ということで、しばらくいられることになったので、ドイツ語がんばります。

2011年7月14日木曜日

ナチュラル




夏になると、はだし率高しのベルリン。

電車でぺたぺた。
道路でぺたぺた。
お店でぺたぺた。

手に靴をもって歩いている人もいれば、家からはだしで来た疑いが濃厚な人もいる。

地下鉄の中はだしで歩いている人見ると、やっぱり一瞬ぎょっとするよね。
でもぎょっとしてるのはどうやら私だけっぽいから、まだまだ人生修業足りないんだと反省してる。

もっとも、あれだけ犬のうんち落ちてる道路をはだしでいく勇気にはちゃんと尊敬の念も送ってるよ。「その足で私の家には入るなよ」とも思ってるけどね。


ちなみにノーブラ率たかいのもびっくりよね。
今日は海水パンツ一丁(普通のパンツかも)で自転車に乗ってる男の人もいたよ。

そんな自然体一番のドイツ人、全国的にこれは同じとみなしていいのかしら。
それともやっぱりベルリン人だけと考えておいた方が無難なのかしら。


2011年7月9日土曜日

日本語

カフェで仕事をしていると、時々ドイツ人に話しかけられる。
日本語を書いているのが珍しいらしい。

ある時はPCを開いて原稿を書いていたのだが、ふと気付くと後ろに女の人が立って画面をジーッと眺めていた。
私が気配を察して振り向いてうわっとなると、「すてきね~」とため息をつかれた。
「それ日本語でしょう。上から下に、右から左へ流れて行くのね。クールだわ!」と。

いやいや、それほどでも。

またある時は、紙原稿の直しをしているところに、「小銭頂戴」とお店を回ってきた男の人がいた。
私のところにもきて「小銭…」と言いかけたのに、原稿を見た途端、小銭のことはすっかり忘れてしまったらしい。
「それ、日本語?」と聞いてきた。
「いやぁ、すごい。僕はドイツ語と英語とロシア語はできるけど、日本語は無理だね。いやぁ、すごい。がんばって」

しきりに褒めてくれて去って行った。

いやいや、母国語だからできて当然だけど、なんだか得した気分だわ。

2011年6月30日木曜日

ことば



最近、電子辞書がお気に入りのヨービスくん。

日に日に新しいことばを発するようになってきている。

一ヶ月半ほど前に私がこの家に来た時は、「Hallo」「da」くらいしかことばらしきものは喋れなかったのに、そのうちに「Nein, Nein」を連発するようになり、今ではとりあえず大人の女性には全員「Mama」と語りかけるようになった。

その後、「Müll」などという難しい発音も練習の末自分のものとし、「Bagger」「Bagger」と叫ぶようになった。
最初、「ばかー、ばかー」と言っているから、ひどい日本語から覚えたものだと思ったけれど、どうやら自動車の絵本を読んでもらってから「Bagger」(パワーショベル)がお気に入りになったらしい。
gの発音がなかなか難しいらしく、「バカー、バカー」と言っていたが、最近はちゃんと言えるようになってきた。

最近のお気に入りは、「Tor」。
「トアー、トアー!」と叫びながらいろんなの蹴っていると思ったら、本人はサッカー選手のつもりで「Tor!」(ゴール!)と 実況中継しているのだった。

昨日からは「Auf!」(開けて)を覚えたらしく、大人から「駄目」と言われたお菓子の缶やお姉ちゃんから出入り禁止をくらった部屋のドアを叩きながら「Auf! Auf!」と叫んでいる。


赤ちゃんは自分が喋り始める前から、周囲の大人の会話から聞こえてくる音を頼りに単語の切り分けをしている。その語彙が爆発的に増えるのが一歳半から二歳くらいにかけてであると、以前取材した認知心理学の先生から教えてもらったが、まさにその時期にいるのが今のヨービスだろう。


ちなみに一生懸命日本語を教え込もうとしている日本チームだが、今のところ圧倒的大多数のドイツ人にかなうわけはなく、日本語に近いところでは「ぽっぽ」と「ぶーぶー」しか教え込むことに成功していない。
「まなみ」は近いところまで来ているが、「まーみー」とか「まーなー」くらいで、しかもほとんど「ママ」との区別がついていない。。
しばらくは、YouTubeのアンパンマンマーチに合わせてノリノリに踊っている姿で満足しなければならないようだ。

2011年6月9日木曜日

ほおずき

ベルリン、MitteのRosa-Luxenburg駅近くの和食のお店、「誠」で夕食。

ここの素晴らしいところは、寿司がない!!

寿司は寿司屋で、ラーメンはラーメン屋で。

それが日本人としての魂だと固く信じる私は、ドイツ人が愛する寿司をかたくなに拒むこの店に入った瞬間好印象を抱いてしまいましたよね。

ラーメンを食べに行ったはずなのに、トリカツ丼を頂き、とても美味しく。

そしてデザートの抹茶アイスも、とても美味しく。

そして、抹茶アイスの横に添えられている、小さなオレンジ色のミニトマトみたいなものも、とても美味しく。

…って、何これ??

お店の人に聞いてみると、「ほおずきです!」と笑顔で返され、「あ、そうですか」。

って、ほおずきって食べるの?

というか、昔は堕胎用にほおずきを食べたって、何かの小説で出てた気がするんだけど普通に食べて平気なの?

って、もう食べちゃったけど。

そして美味しかったけど。

意外だな。ドイツで初ほおずき体験。

抹茶アイスもね、ちゃんとここで抹茶混ぜてるんだって。

美味しゅうございました。


2011年6月7日火曜日

Spargel




今回はね、白アスパラの季節に来れたからよかったよね。

ドイツに来る前に日本で一回買ったけど、一本100円したよね。

三本買ったら300円もするよね。

あたりまえだけど。


さすがこちらだと安いよね。

そして膨大な量を食べようとするね。

美味しかったけど、そして頑張ったけど、全部は無理だったよね。

いももあったしね。


2011年6月4日土曜日

衛生的に

新型の病原性大腸菌O104が大流行中のドイツで思うんだけど。

大腸菌がどうって騒ぐ前に、この街中のうんこにたかってるハエをなんとかしたらどうだろう。

紫色のうんこだ!

と思って近づいたら、うわんと飛び上がる丸々太ったハエたち。

網戸もないから普通に部屋に入ってくるよね。

台所にもいるよね。

ドイツ人、なんともないんだ……と思ってたけど、なんともあるじゃん。

去年何度、窓から侵入してきたハエと格闘してやつらを追い出してやったことか。

簡単だと思うのね。

ハエ以前に、街中に点在しているうんこを撤去してやったらいいと思うのね。

自分の愛するワンちゃんの出したものは飼い主が愛情持って捨てましょう、とすればいいことだと思うのね。




2011年6月2日木曜日

Curry Wurst



ベルリン名物Curry Wurst。

クロイツベルクで一番おいしいと言われる店で。

もぐもぐ。

うん、うまい。

ポテトもうまい。

Wurstもうまい。

うまいが、これはケチャップ味だ。

そうして、ポテトで胸がいっぱいだ。

2011年5月28日土曜日

カフェ

いつも冗談話ばっかりいってるThomas。

こないだは、あるカフェの話で大笑いしていた。


(客)  Kann ich bezahlen?

(店員) Ich weiss nicht!!







2011年5月18日水曜日

fast gleich!

ただいま現在、居候している家には二歳と六歳の子がいる。

六歳のおしゃまな女の子、カーロッタは散々私と遊んだ翌日、確認するように問うてきた。

「まなみは大人なの?」と。

ドイツ語、わからなかったと思いたかった。

だから、「えっ?」って聞いてみた。

だけどもう一度はっきりと、

「まなみは大人?」と聞かれてしまった。。

「もちろん、大人だよ」と答えたのだけれども、彼女納得しなかったね。

「だけど、靴のサイズ、私とほとんどいっしょじゃない!」と。

いや、ちょっと私の方が大きいでしょ。
背もあなた、私の胸下までしかないじゃない。
手だって私の方が大きいでしょ。

いろいろ証拠をあげるものの、納得しないカーロッタ。

手を合わせて「ほとんど同じじゃない!」と言いはる。

いや、関節ひとつ分以上、私の方が大きいでしょ。

まあね、彼女のお母さん、170センチ。
一緒に住んでいる日本人の女性も168センチ。
その中にいる148センチはね、子どもにとっては判別が難しいところよね。

彼女きっと、昨日一晩中悩んでたんだろうね。

この人は、自分のお母さんと同じカテゴリーに属するのか、それとも自分と同じ身分とみなしていいものかどうか。


結果はね、あまり芳しくなかったね。
来年には私を抜くと息巻いてたよ。
ひょっとしたらゲルマン民族には可能かもしれないね。
まあね、靴のサイズくらいなら軽く超えられそうだよね。

ひょいっとね。


2011年5月16日月曜日

ふたたび

でもってふたたび、ベルリン。

飛行機ではひたすら爆睡。

ベルリンの空港では、珍しく入国に手間取る。
今までこんなにしつこく聞かれたことはなかったのに、どこに滞在するのか、そこの住所は何か、どこの学校に行くのか、そんなに滞在してどうすんだ、といろいろ聞かれ、挙句、所持金を見せろと言われる。
日本人でお金を見せろと言わるなんて、びっくりだけど、私の前にいた日本人もものすごくしつこくいろいろ聞かれていたからな。
所持金、微妙に少なくて疑われる。
これで三カ月過ごすの?と。
いやいや、カードで引き出しますから。
最終的に、「絶対に三カ月以内に出ていくんだよ」と念を押される。
そんなに不法就労者っぽいですか?私、、
挙句、トランク出てこないし。。



途中、モスクワでの乗り換え時に空港内に飛んでた小鳥。

ハトとかね、そんなん野生鳥じゃなくて、普通に文鳥系の小鳥なの。
人間にも慣れていて、椅子の間を行ったり来たりしながら、ピチュピチュ毛づくろいとかしてて、子どもにも追い回されていて。
最後に「ッッフッ!」って力んだかと思うと、プリッって小さなウンチをして飛びだっていった。



2011年5月5日木曜日



亀戸天神の藤まつり。

紅い太鼓橋にスカイツリーを背負って、藤たちが匂い立っておりました。

2011年5月3日火曜日

三号館



三号館と図書館の間のベンチで一休み。

一号館は見事にコンクリートの山になっていたよ。



一年で一番緑がきれいな季節だなぁ。

2011年4月26日火曜日

ある一日



上野に散歩したある日。

旧東京音楽学校奏楽堂を通りかかった際、「本日、2時からと3時からパイプオルガンの演奏があります」って紙をみたもんだから「3時に来ようね」と友達と言い合って美術館行ってお腹すいてご飯食べている間にとんと時間を忘れちゃってテクテク歩いて行ったら3時25分で、演奏3時30分までで聴けなくって「あ~あ」ってなりながら東京国立博物館の「手塚治虫のブッダ展」を観に行ったら、「本日の開館は4時までです」とか受付の人言ってて、「え~、観れないんですか?」って聞いたら「これ!という目的が定まっているなら観れますが、展示全部を観るのは無理です」とか言われて、「え~、ブッダ観たかったのに~!」「ブッダ~!」と騒いでたら、「…ちなみにブッダ展は明後日からですよ」と言われ「えっ…」ってなって、「いや~、はやく言ってよ」って言いながら上野東照宮に行き、手を清めようとしたら「鳥が水浴びして大変不衛生なため」とかいって水なくって、それでも社殿にお参りしようとしたら工事中とやらで垂れ幕になんちゃって社殿的な絵が描かれてあって御参りする気もうせて、おみくじ引いたら大吉なわりに書いてあること微妙なこと多しで、公園ぷらぷらしてたら綺麗な八重桜みつけたから「うわ~」って言って木の幹にある品種名の札をみたら「イチョウ」って書いてあった。

エンドレスでいろんな「えっ…」を体験しながら一日は過ぎゆき、お店に入ったら10分後に蛍の光流れるし、パスタ食べに入ったらボンゴレないベーコンないとかいろいろないないづくしだし、「いや~友達始めて10年くらいたつけど、こんなズレまくりな一日ははじめてで、新鮮でいいねえ」ってほのぼのしながら友達とバイバイしたある一日。

2011年4月3日日曜日

いつもの日

ひさしぶりにお茶のお稽古。

地震以来、ついついその気がでずにずるずるお休みしてしまっていたけど、これではいけない!と一念発起し、行ってきた。

ずいぶん久しぶりだったので、本来二月にするべき番茶点前(煎茶)のお稽古。


お茶っぱを懐紙で包んで、火であぶる。

サラサラといい音がしはじめると、次第に良い香りが……

してくるはずなのにしてこない。。

変だな~と思っているうちに、

「なんだかみうらさん、煙が出てる気がするけど?」と先生が指摘。


たしかに。なんだかね、もくもく細い煙が立ちのぼってるのね。

「煙は出るものですか?」と聞いてみたけど、

「いいえ、普通は出ないわよ」とあっさり。

「ですよね。。じゃあ、この辺で…」ととりあえず炉から下ろしてみた。


案の定、ちょっと煎りが足りなかったね。
色も香りも味もあと一歩。いや二歩くらいおしい感じ。
まあ、仕方ない。

敗因は懐紙を小さめに折りたたんでしまったことにあるとみた。
中で適度に茶葉が動ける隙間がないと、空気も入り込めずに上手に炒られないのだろう。

そんなことを、必要以上に熱湯級に淹れてしまった二煎目をいただきながら反省してみる。


おけいこ後、先生から昔の物語などをつらつら聞きながら、
そろそろ来週あたりには隅田の桜が満開でしょうかね~と語り合う。

2011年3月25日金曜日

いま

「あの日」以来、刻一刻と状況が変化していく情報に追い付こうとテレビから目を離せず、度々繰り返される余震に身をかたくして過ごしてきたけれど、そろそろ気を持ち直さなくてはいけないのかもしれない。

被災地の方々の相変わらずの窮状は本当に心苦しく、三月も終わりとはとても思えない寒い風の舞う日々に、どんなにか東北の人々は大変なことだろうと、ついついこちらの心も沈みがちになってしまうけれども、自分ができることとすべきことはしっかり考えなくちゃいけない。

「地震、雷、火事、おやじ」とは良くいったもんだと、3月11日のあの揺れのさ中になぜか真っ先に思ったものだけど、地震の前にできることと、地震の後にできることはあっても、地震のさ中には人間なんて何もできないもんだと思い知った。


1995年には阪神淡路大震災、2011年には東北関東大震災、その間にもトルコの大地震やスマトラ沖の地震、つい先日はニュージーランドの地震があった。
天災以外にも常に世界のどこかではテロがあったり戦争があったり、事故があったり。
世界中で「ここならば絶対安心」という地はなく、今回はたまたま東京にいた私たち家族は無事で、埼玉にある家も無事だったけれども、「その次」に自分自身が無傷である保証はどこにもない。
そもそも一週間ずれていれば、あの日私は仙台にいるはずだった。

いつ何があるのか分からないのなら、今できることをやるしかない。

黄色いポンポンを枝いっぱいにつけたミモザや、少しずつ膨らみ始めている銀色の木蓮のつぼみや、道端に咲いているパンジー、そんなんを眺めながら「春だなぁ」とぼんやりのんびりできることが、どんなに幸せな瞬間なのか、今回しみじみと感じいった。


亡くなった大勢の方や、今も被災地で不便な生活を強いられている方々、現地で様々な活動に身を粉にして働かれている自衛隊や警官や役所やボランティアの方々、また現在原発の処理に文字通り命をかけて取り組んでおられる方々には本当に頭が下がるばかりで、自分のできることなど微々たるものだと思ってしまうけど、また、一方では自分がやろうと思っていたことや、現在持っている仕事に対して、私は元通り力を傾けるべきなんだとも思う。


海外の一部では、「日本壊滅」くらいのイメージでもって現在の日本は語られているけれど、これで終わりじゃありませんよ。
全然まだまだこれからですよ。
ただ「お行儀のいい日本人」だけではありませんよ。


というところで。
これまで落ち込み気味だった気持ちを引き上げて、今やれることをやっていきたいと思います。

日本中がはやく春を感じられるようになりますように。


2011年3月8日火曜日

切符

雪の中、ごとごと電車で取材予定の出版社まで。

ところが池袋で何気なくメールチェックしたみたところ、急遽キャンセルになってる事実を発見。

む~ん。

しかたないので、代わりに飛行機のチケットを買いにいってみた。
5月14日発。


帰り道には雪もやんで、花が咲いてる梅の木にめじろがぴょんぴょんしていたよ。

2011年3月1日火曜日

春花


ひさ~しぶりに花の仕事。

ラナンキュラス・チューリップ・スイートピー・千日紅・マトリカリア・ゼラニウムの葉っぱで、ミニブーケ120個。

こんなに大量の花に囲まれるの自体が久しぶりだけど、やっぱり花は楽しいね。


ちなみに私は今回初めて切り花としてのゼラニウム(の葉)を使ったんだけど、こんなに大きくて使いやすいゼラニウムの葉が市場に出回っているとは知らなかった。(写真ではスイートピーの後ろに隠れている…)
茎は長くてしっかりしていて、葉は肉厚で頼もしい。
襟巻トカゲ(相方が言うには「ルイ十五世」)のようにブーケをくるりと包める、素敵葉っぱだ。
しかも香りでも癒されるという、一石二鳥なお利口さん。

メインの花以上に、ボリュームあるサブの葉がどれだけあるかで安心感全然変わるからね。
ゼラニウムくん、素晴らしい。


明日は120個分のブーケのラッピングを巻き巻きし、新たに90個分のブーケ制作。

気力体力ともに尽きないよう、がんばろう。

2011年2月23日水曜日

ふと立ち止まると…

ホームレス問題・自殺問題・視覚障害者文化・ろう者の教育。。

ここ最近(というかライターになってからずっと…)関わってきた仕事のテーマ。

かつて「ホームレス問題を取り上げたい」と言ったら、「そういうテーマを扱うと、社会派系のライターとみなされてつぶしがきかなくなるよ」と編集者から忠告を受けた。

しかし幸か不幸か、自分が求める求めないにかかわらず、この種の仕事は私のもとに舞い込んできた。

私は特別そういう活動をしているわけではない。
ホームレスの支援のための炊き出しや、自殺を減らそうというイベントに参加したこともなければ、自主的に視覚障害やろうの人々のところに出向いたこともない。
たぶんこれからもしないだろう。
だけど、私が仕事を通じてこれまで全く知らなかった世界を知ることができたように、私が記事を書くことで誰かが「あ、こういう世界があるんだ」ということに気づいてくれればいいと思う。

記事を読んでくれた人が、その後積極的な活動に目覚てくれなくたっていい。
積極的に活動しないことに対して後ろめたい思いを抱く必要もない。
そのまま変わらず日常を送り続けるのでもいい。

それでも実際にある問題を、見ないふり知らないふりをしたり、そもそも問題が存在していないように語るよりははるかにいい。

「ホームレスなんてやるべき仕事をしたくないがために人生さぼっているだけだよ」
「そんなやつら全員死ねばいい」

そんなセリフを言う人は、今ある問題に目をそむける以前に、自分がどれだけ恵まれた環境に生まれ育ってきたかを感謝することすらできない人なんだろうと思う。


自殺者が毎年三万人をこえ、毎日のように電車が「人身事故」で止まる国。
老いも若きもホームレス状態で寒空の下で寝る生活をする人がこれだけいる国。
最近は幼児虐待も続いているよね。

どの問題にも皆無というユートピアなんてないんだろうけど、少なくとも「住み心地の良い幸せな国」とはいえないよねぇ。

2011年2月17日木曜日

ベキッ

パソコンに向かいつつ伸びをしたら、上半身のどっかで「ベキッ!」という音がした。
てっきり肋骨が折れたのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。

翌日整体にいったら、これまた背骨をボキボキやられて息がつまった。
「こんなに音がするほどまでためないで、ここに来るか自分でストレッチするかどっちかしてください!」と怒られる。

は~い。。

2011年2月8日火曜日

ちぇぶ



はじめて入った表参道のカフェで、この子発見。


かわいいなぁ~~

2011年2月1日火曜日

グロス

先日ふらりとシャネルの化粧品売り場に立ち寄り、グロスを買った。

この年齢になっても口紅が似合わない私は、赤系の口紅をつけると、まるで「お母さんの鏡台から口紅を失敬してきて塗ってみた子」みたいになる。

ので、その日もグロスを買ったのだが、、、シャネルの販売員さん、「唇のケアに手を抜いている」と私に説教してきた。

「今ちょうど買い物とかしてたから、とれちゃったんだい」

と抵抗しようとしてみたものの、若干年配迫力系なシャネルのお姉さんには逆らえず、

「はい、以後気をつけます…」となぜか謝る形に。

さすがだね。シャネル。

おこちゃまミウラは太刀打ちできず。。

たかがグロス一本に、使い方まで細かく指示。

その通りに使わないと、次回行ったときに怒られそうだから、気をつけて使うことにしませう。

2011年1月16日日曜日

やっぱり




最近、スカイツリーばっかり褒め称えていたけれども。




やっぱり東京タワーは素敵だわ。




オレンジ色が暖かいです。





2011年1月11日火曜日

ぽちぽちと



今年は梅が咲くのが早いですね。

これ、昨年末に撮った写真だし。

いま、見頃なのは、ろう梅かしらね。

2011年1月3日月曜日

2011


明けましておめでとうございます!

昨年中、お世話になった皆さま方、
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。