2010年8月31日火曜日

木枯らし


本日、ついに寒さに耐えきれず、H&Mへ繰り出した。

なんとか手持ちの服であと一カ月乗り切ろうとしたが、はやくもあきらめモードに。。

特に昨日からグンと寒くなった気がする。
地下鉄に乗ると、最高気温18度、最低気温10度とある。
もっと寒いんじゃないの?
道行く人にも厚手のセーターやブーツ姿がチラホラ。
気の早い人に至ってはダウンで武装している。

日差しの差し込まない住まいでは、「寒い…」という言葉が頭から離れない。
むしろ「暖房っていつから入るのかな…」くらいだ。



H&Mではとりあえず重ね着できそうな無難なトップスや部屋ではく靴下を購入。
でもそもそもあんまり暖かそうな服がない。
まだ半袖くんたちが主役顔で並んでいる。


というか、なんでドイツにはユニクロがないのかな。

私が今切実に欲しているのは、ババシャツにとって代わって日本女子のインナー史を塗り替えた画期的な発明品、ヒートテック様々だというのに…。


ああ、日本の我が家の私の部屋のたんすのあそこらへんに入っているはずのところの、あの服とあの服とあの服が欲しい。

取り寄せバックがあったらなぁ。。

いっそ巣鴨の赤パンツでもいいよ。

2010年8月19日木曜日

な?

「~な?」
「~な?」

お家のドイツ人女性と話していると、「~な?」という音がしょっちゅう出てくる。

「schön,na?」
「toll,na?」


「~だよね?」
「~と思わない?」


そんな確認の音なのだと思うのだけれど、これははたして彼女の口癖なのか、ベルリン人の口癖なのか、それとも広くドイツ人の口癖なのか…。



そんな疑問を抱いていたところ、本日の授業中に先生が言っていた。

「ベルリン人はよく、~na の音をくっつける」って。

どうりで、ミュンヘン出身の彼の口からはあまり「na」の音がきかれないはずだ。


そのほかいろいろベルリン人独特の言い回しや省略の仕方を教えてもらう。

教科書通りの正確なドイツ語もまだまだの私。
街の人の日常会話を理解できるようになるのは、いったいいつになることやら。


2010年8月17日火曜日

Meissen


マイセン陶磁器のお店を見ていたときのこと。


「ポスターのセンス、おかしくないか?」と気づた私と日本人の友達。


一見かっこいいんだけど、よくよく見るとなんだかおかしい。。


ますこの女性、ピー○ーに激似だし、



手に持つパスタは具なしだし。



それを食べさせてもらおうとしている男性は、なぜか手にスプーンだし。。




いやぁ、おかしいでしょ、これは。






でもって、見渡してみるとほかにも面白ポスター、多々あり。







なぜか前面に青リンゴがゴロゴロ。
※だけど食べさせているのはイチゴ。。





なぜか寿司バージョン。
※箸の持ち方おかしいし。。

ってゆーか、蝶ネクタイで寿司?

それ以上にテーブルに寝そべって寿司??







う~ん。

たしかにマイセンは素敵だけど、ポスターのセンスはどうなのかしら。。








(注)ちなみに、ドイツ的センスがつぼにはまって笑い転げていた2人ですが、決してマイセンが高くて手が届かないための腹いせではありません。

Dresden



ネットになかなか接続できないネット難民みうらは、週末ドレスデンに行ってきました。


だんだん冬に近づきつつあるドイツでは、毎日少しずつ雨が降りつつ気温が下がっていくらしい。

ということでドレスデンも雨。
晴天かと思ったら次の瞬間には雷雨。
でもって十分後には再び晴れ。
その合間合間を縫って、美術館巡りや教会見学。



第二次世界大戦でほぼ全壊したドレスデンは、戦後できる限り元の街の景観に復元して、そして現在も修復中らしい。
いたるところに正体不明の空き地がある。

ドイツ最大のプロテスタント教会だというフラウエン教会も、昔のレンガをあてはめて再建したため、ところどころ黒いブロックが混ざっている。



1945年のこの教会の写真を見ると、ほんの一部の壁を残してほぼ全壊。
正面に立つルターさんも地面に転がり遊ばしていた。

戦後も東ドイツ側になってしまったため、長らく再建されずに放置されてきたものの、長い年月を経て2005年には無事再建が完了。
ルターさんも無事、元の場所に戻ることができた。


この日は夜、この教会でコンサートがあるというので、チケットを買っていそいそと出かけていく。
パステルカラーのブルーやピンクに黄金色がちりばめられた内部は美しく、安いチケットを買ったため演奏者たちの姿は一切見えない席ながらも、丸天井の天使たちの姿を見て満足満足。


ちょっと残念だったのは、もうひとつの聖十字架教会のコンサート。
この教会に所属する少年合唱団のコンサートがあるというので行こうと張り切っていたのに聴けなかった。
原因は私のドイツ語力のなさ。。

スケジュールに、Sonnabendの18:00~と書いてあったので、てっきりSonntag(日曜日)のAbend(夜)かと思ったら、SonnabendとはSamstag(土曜日)の夜のことなのね。
ってそんなの基本?
かつて習ったんですか、私?

同様の勘違いをした外国人と並んで「コンサートは?」という顔をしていたら、「今日はない」と言われる。

はぁ。。


代わりに宮殿の橋のたもとでやっている路上コンサートを聴く。
音大生のアルバイトかしら。
とても素晴らしくて、一曲終わるごとに観客からの拍手と口笛が鳴り響いていた。




なかなかよいとこ、ドレスデン。
たっぷり堪能させていただきました。

2010年8月4日水曜日

プリングルズ



何か塩味的なものが欲しくなって、突如プリングルズを買ってみた。
(どうでもいいけど、「プリングルス」ではなく、「プリングルズ」なんだね)

ちなみにジャガイモ大好きなドイツ人だけど、味付けの方はさほどこだわりがないのか、スーパーに出回っているポテチ類は何でもかんでも「とりあえずパプリカ味にしとけ!」という鉄則に貫かれている。
だから日本のように、うす塩味などという繊細さは到底期待できない。



で、我が家にやってきたこのプリングルズ。


よくよく見るとパッケージがなんか変だ。



誰だ? このお兄ちゃん。ってゆうか、変なポーズ…





次に上のほうを見てみると…、



なんか、沸き立っている人々がいる。観客?







ああ!そうか!!サッカーだ!ワールドカップようにつくられたパッケージなんだ。





ということは、さっきの体操のお兄さんみたいなさわやか笑顔くんはゴールを決めた選手のつもりなのね!



それにしても。。




このやる気のないお兄ちゃんはどうしたもんだろう。。

なんか上からパプリカの粉をふりかけられているし。。


日韓

クラスの韓国人の女の子と、日本のドラマの話をしていた。

松本潤と小栗旬と安室奈美恵と中島美嘉が好きだという彼女は、日本人の私よりも日本のドラマに詳しい。

そんな彼女は、ある日本の映画の話をしようとして「あ~、タイトルが思い出せない。長いやつ、本も出ているやつで…」と悩んだ挙句、韓国語―日本語の電子辞書でその映画のタイトルキーワードを示してくれた。


・「叫ぶ」 (う~ん。。…ホラー系?)

・「世界」 (…ではなくて、社会派系?)

・「中心」 (はっ?いっそ…哲学系??)



「……意味が分かんないんですけど。これ、日本の映画?」ときくと、
「絶対知っているはず!」という。

しばらく考えて、「あ~~、分かった!『世界の中心で、愛をさけぶ』!」

「そうそう!それ!!」


いや~。肝心の「愛」のキーワードを教えてくれなくちゃ分からないよ。

ってゆうか。。
改めて口にしてみるとすごいタイトルですね、これ。

2010年8月3日火曜日

Brandenburger Tor



日曜日、
Tiergartenを散歩しようということになって、ブランデンブルク門で待ち合わせ。


地下鉄を上がって明るい日差しの中地上に出ると、
デーンと目の前にブランデンブルク門が!

お~、ヨーロッパな雰囲気~♪

日ごろトルコ人とアラブ系の人たちに囲まれて生活していたので、ついついここがヨーロッパだということを忘れていたよ。

しかも以前来た時よりも、格段に明るくおしゃれエリアになっている。
なんとまぁ、スタバまであるではないですか!

お~、都会だ都会♪

ここが都会である証拠に、なんと待ち合わせ相手のKaoriさんが、さきほど嵐の櫻井君をみたという。

ジャニーズメンバーを見れるなんてベルリンも東京並みに都会になった証拠かしら。

というのは冗談で(ベルリンっ子に怒られる)、どうやら旅番組の撮影のようだ。
残念ながら私は見られずにあきらめた。



さてさて。Tiergarten。


入口をはいっていくと、ひたすらマイナスイオン満載の森林が広がっている。





昔々、王侯貴族の狩猟場だったというこの森は、そのままの姿で市民の憩いの場になっている。



途中のベンチに座り、買ってきたパンとソーセージとビールでお昼ご飯。




「Tiergartenなのに、Tier(動物)がいない。。」
ちょっぴりさみしそうな中国人のジンくんは、途中で野兎を発見。
4匹(羽?)のピーターラビットみたいなのがポテポテ走り回っておりましたとさ。



ベルリンの街の42パーセントが緑。
人工の建物と、自然の木々の分量が同じ。
夕方ともなればみんながこういうところでピクニックをしたりサイクリングをしたり。

人間のストレスのかかり具合が、日本とは雲泥の差だと思うのは私だけかしら。。


まぁね。私はまだ暗くて長くて陰鬱だというベルリンの冬を体験してないから、こんなことを気楽に言ってられるのかもしれないけれども。

先日、語学学校の先生トーマスは暑さで顔を真っ赤にしながら、団扇をバタバタさせつつこう言った。

「あらかじめ言っておくけど、ベルリンの冬が暗くて寒くて長くてどうしようもないのは、僕のせいじゃないから。毎年この語学学校に来る生徒から、冬の間クレームが僕のところに殺到するけれども、それは僕のせいじゃないから。どんなにこれから冷たい雨が降っても、雪に取り囲まれて家から出られなくなっても、僕のところに文句だけは言いに来ないでくれ。このことは冬が来る前に言っておくよ」


とりあえず、今はこの短い夏を満喫しておこう。




2010年8月1日日曜日

Tempelhofer Park



私が現在住んでいる家から徒歩5分ほどのところに、Tempelhofer Park(テンペルホーフ公園)がある。

ベルリンに造られた一番最初の空港、
「Flughafen Berlin-Tempelhof(テンペルホーフ空港)」。
それが2008年に閉鎖され、現在は公園として開放されている。

冷戦時代は旧ソ連に囲まれて食料も物資も枯渇した西側市民のために、ここテンペルホーフにアメリカ軍による空からの物資調達が行われた。

1900年・1930年・2010年のベルリンの地図を広げてみると、1900年の地図にはここにはWiese(原っぱ)としか書かれていない。
1930年の地図をみるとFlughafen Berlin(ベルリン空港)、
そして現在2010年の地図をみるとPark(公園)とある。

周囲の街並みや通りの名前はそのままに、ポコンと空いたこの空間だけの名前が変わっているのが面白い。




住宅街を抜けていくと、徐々に視界が開けていく。



その先には……。



ひたすら巨大な空間が広がり。。




ってゆーか、ほんとに空港そのまんまなんですね……。



Parkというからには、何かしら手を加えて公園っぽくしてあるのかと思いきや、、
本当に空港の滑走路はそのままに、周囲に草がボーボー生えているだけ。



でも空港の滑走路を歩くなんてそうはできない経験なので、いっちょ歩いてやろうとテクテク歩いて回ってみた。




ひたすら歩く歩く。



途中、日焼け止めを塗ってこなかったことに気づいてちょっと後悔。。





真ん中らへんで「テンペルホーフの歴史」的なものを見つける。





(まだテンペルホーフが原っぱだったころ。皇帝の軍隊のパレード)



(1890年。飛行機を見に市民が集まる)



(1923年。初代テンペルホーフ空港は小さな木造建築。。)



(1926年。ルフトハンザ航空!)



(1930年代)



(さらに進化したルフトハンザ)




(現在)




ふむふむ、なるほどねぇ。

あれ。第二次大戦後の歴史が書いてませんけど。。


別のところにあるのかしら。








飛行機が走らなくなった滑走路には、今は自転車とローラースケートが走り、

飛行機が飛ばなくなった空には、子どもたちがあげる凧が舞っていた。