
白金台にある東京都庭園美術館にいってきた。
「ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし」展。
この美術館はこぢんまりしていてさほど混まず、それでいて展示のテーマが面白くて好き。
庭園の緑もきれいでのんびりできるしね。
ここはロシア好きな学芸員がいるのか、前回、前々回訪れた時もちょうどロシア関係の展示だった。
「幻のロシア絵本 1920‐30年代展」
「舞台芸術の世界 ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン」
この三つの共通点は、どれも私の好きな1920年代30年代のものであること。
特に「舞台芸術の世界」は、なかなか他では展示されることのないバレエの世界が思う存分味わえてとてもよかった。
1900年代初頭に大流行した「バレエ・リュス」。
興行主ディアギレフ率いるロシア発のバレエ団は、当時グダグダだったヨーロッパパレエ界や、まだまだバレエ後進国だったアメリカに大きな影響を与えた。
たぶん彼らがいなかったら、今ある形でのバレエの隆盛は起こっていない。
それほど、音楽も衣装も、舞台美術もストーリーも、そしてもちろん舞踊そのものも、彼らが起こしたバレエは新しく斬新なものだった。
以前、東京バレエ団で首藤康之さん演じる「牧神の午後」を観たことが一度だけあるが、1900年代初頭でなくとも、その斬新さには度肝を抜かれた。
「素晴らしい」とか「美しい」とか「ハラショー」とか、、、とてもそんなんではない。
何とも言えない不思議さ。
むしろ「不快」に近いかもしれない。
バレエでありながら、ピルエットもジャンプもなく、ただただ能役者のように足をすり、エジプト絵画のように平面的に体をズルズルと移動させるだけ。
「なんだ、これは…」と思っている間にパフォーマンスは終了し、観客はほとんどあっけにとられたまま拍手することも忘れている。
「良い舞台」「悪い舞台」。
そんなことを簡単に判断してはいけないということだけは分かりながらも、どう反応していいのか分からないまま、ザワザワ感が広がる。
すでに「牧神の午後」という舞台がバレエ史におけるエポックメイキングであることは重々承知している2000年代ですらこんな反応なのだから、約100年前の1912年初演の時の観客の反応がブーイングと賞賛に真っ二つに分かれたのもうなずける。
ドビュッシー作の音楽、レオン・バクストの舞台美術、そしてニジンスキー振付(初演も当然ダンサーはニジンスキー)。
なんとも贅沢な演目だ。
そのほかにも美術面でこの「バレエ・リュス」にかかわったのは、ココ・シャネルやマティスやルオー、ピカソ、ユトリロ、など多数、音楽でもサティやラヴェルやストラヴィンスキー、プーランクなどなど。。
バレエと文学と音楽と美術が、これほどまで密接にかかわりあい、自由に実験的に新しいパフォーマンスを生み出せていた時代はない。
そんなバレエ黄金期のひとときを、写真や絵画、デザインがやポスター、衣装などから感じ取る素晴らしい展示だった。
で、今回の「ロシア構成主義のまなざし」は、ほとんど何の知識も持たずに行ったのだが、ちょうど学芸員さんのレクチャーが始まるところで、40分という短い時間ながら、いろいろと教えてもらうことができた。
ロシア革命から、レーニン → スターリンと、歴史的な流れは一応知識としてはありながらも、その時代の芸術方面にはとんと立ち入ったことがなかったので面白かった。
当然のことながら、同じ時期のドイツのBauhausやNeue Sachlichkeitの流れなどとも関連しているらしく。
あまりの不勉強ながらも、やはり興味深い時代だなぁと再認識。
もっといろいろ勉強しなきゃなぁ。
帰りに庭園をぐるっと巡る。
ちょうど薔薇の見事な季節で、落ちかけていく夕日の光が草花にとけて綺麗だった。