2010年4月26日月曜日

猫とニーチェ



金曜日、大学時代の教授一家と友人たちと飲む。
一年間のドイツ滞在を終えて帰ってこられた先生の「おかえりなさい」会。

土曜日、これまた大学時代の恩師の出版記念パーティで受付のお手伝い。

『漱石の「猫」とニーチェ ―稀代の哲学者に震撼した近代日本の知性たち―』
 杉田弘子 (白水社)


「神は死んだ」というあまりに有名な言葉のほか、「超人」思想や「永遠回帰」思想など、近代思想に多大な影響を与えたフリードリヒ・ニーチェ。
そのニーチェ思想を、明治から大正における日本近代に生きた知識人たちは、どのような思いで受け入れていったのか。
高山樗牛・夏目漱石・新渡戸稲造・和辻哲郎・阿部次郎・萩原朔太郎・芥川龍之介の例で考察していく書。

大学時代、教授棟の10階、杉田先生の教授室で受けたゼミは、"Also sprach Zarathustra"を読み込んでいくというもの。
文章自体は難しくないはずなのに、比喩やパロディが多く内容が難解、何を言っているのかさっぱり分からない『ツァラトストラはかく語りき』。
杉田先生の導きがなかったら、きっと私も「さっぱり分からん」状態になっていたと思う。

それを細かく丁寧に、それでいて熱のこもった語り口調で次々と解説していってくださる杉田先生のゼミ時間は、大学時代でも楽しい時間のひとつだった。

そして先生の引き起こす「伝説」の数々も…。

たったの二年間では、ツァラトゥストラも約半分しか終わらず、残りもすべて聞きたかったと思うものの、卒業とともにそんな幸福な時間は終わってしまった。

でもそのおかげで…その間はどっぷりニーチェ思想にかぶれてた。
もちろん難解すぎて理解できないことも多かったけれど。。

この本は、そんな幸福な時間を思い出しながら読み進められる本。


ゼミはお昼御飯が終わった直後の午後からの一時間半だった。
窓の向かいに建つビルの白い壁にちょうど太陽光を反射して、チラチラと目がやられ、うっかり眠くなりがちだったけれど、そんなこんなも今となっては懐かしい思い出。


杉田先生、おめでとうございました。
これからもますますのご活躍を楽しみにしています。



2010年4月24日土曜日

おもちゃたち



昼間を挟んで書籍の取材。
午後はおもちゃメーカーの取材。

子供たちの心をとらえる魅力的な商品、
なおかつその人気が持続するような商品はどういうものか。

まだ日本が昭和だった頃の、伝説のおもちゃたちをふりかえる。


2010年4月20日火曜日

わっせ、わっせ

先週の火曜日まで京都に行っていて、
金、土は大阪に取材。
日曜日はお茶会で一日外出。

そして今、原稿、原稿。

わっせ、わっせ。

2010年4月16日金曜日

京都旅 その4 宇治

2009年にした京都の旅。
気づけば最終日の記録をせずにここまで来ていた。
何とも気持ちが悪いので、写真だけでもアップしておこうと思い立った。

今回の旅の目的は、できる限りお茶にゆかりのある地を訪れようというもの。
宇治を訪れたのも、煎茶道の発祥の地、萬福寺を観てみたかったから。


ということで最終日。
この日は朝起きたらすばらしい天気。
宿の朝食をいただいてから、宇治川のちょうど向かいにある宇治神社へ。



朝もやの煙る中、朱色の橋を渡って対岸へ。





神社では、かっこいい獅子がお出迎え。


ど~ん。





雲ひとつない晴天。



昨夜のうちに雨が降ったのか、しっとりと植物は濡れていた。



こんな人も発見!



再び橋を渡って宿に戻る。

途中欄干から覗き込んだ宇治川の水はあくまで清らかで…



川べりに遊ぶアヒルくんたちも…



うっかりうたたね。





そんな平和な午前が流れゆき、
午後はいよいよ黄檗山萬福寺へ。



座禅体験をしながら、何度も椅子から転げ落ちそうになる。
薄暗がりの中、半目で意識を遠く持てって…、
私にとってはそれは眠りに落ちる瞬間の状態ですよ。。

無事、雑念を振り払った(?)後は、萬福寺の向かいにある普茶料理の老舗「白雲庵」へ。



肉を使わない、中国の精進料理、普茶料理の数々。













「肉ないし」とか甘く見ていた私たちの胃袋に直撃した美味しい料理&ビール。

萬福、、もとい満腹感いっぱいの女三人。
なんと気づいたら全員畳の上に倒れて眠っていた。。

たぶん一時間くらい経過…。

いくら気持ち良かったとはいえ。
いくら部屋には他にお客さんがいなかったとはいえ。

あまりに静かすぎる私たちの様子を見に来たお店の人は、さぞかしびっくりしたことだろう。
でも、やさしいね。

そのまま寝させておいてくれたばかりか、帰りのときも笑顔で見送ってくれた…。


食欲・睡眠欲も満たされ、体力を回復した私たちは、再び満福寺へリターン。
改めてじっくり見学を。
親切な坊さんがいろいろ案内してくれた。

萬福寺は、中国から渡来した隠元禅師が建てた禅宗のお寺。



この人はいんげん豆も日本に持ってきてくれた。
私たちが今日、いんげん豆の味噌汁を飲めるのも、食後に緑茶を飲んでほっと一息つけるのも、すべてはこの人のおかげ。

だから(ではないけど)、萬福寺は、限りなく中国風のお寺。
っていうか、オリジナルの萬福寺は、中国にあるし。

朱色の屋根、華やかな装飾、



石畳の廊下、天井からつるされている灯り、すべてが中国風。



食事や時間を知らせる、雲版に魚ばん。
お茶の先生に聞いていたとおりだ。
残念ながら、頼んだけどたたかせてはもらえなかった…。
(あたりまえか)





間近でみると、けっこうこわい。。



天井を仰ぎ見ると、ここが煎茶道の発祥の寺であることがはっきりとわかる。



その裏にあるのは、、葵の御紋?



なぜ?
江戸徳川幕府の要請で隠元さんが呼ばれたから?


お寺には、青い目と白い肌の美人猫がひとりいた。




そんなこんなでお名残り惜しくも、そろそろ夕陽が落ち始めたところで萬福寺を去り、京都に。

今日は夜行バスで東京に帰る日。

京都でよーじやカフェにより、夕御飯を済ませる。



慌ただしく京都駅に滑り込み、この地を後にした。

ばいばい、京都。
またね。





あ、そうそう。
忘れてたけど、萬福寺で不思議な葉っぱをもらったよ。





名前は忘れちゃったけど、お坊さんが言うには、この葉っぱに引っかき傷をつけると、それがずっと残るんだって。
昔は紙代わりに文字を書いて使ってたって。本当かなぁ。

で、試しに細い棒で引っかいてみると…



ステキ!

ずっと残るといいなぁ。

でも、きっと文字は残ったとしても葉っぱの寿命が持たないだろうなぁ。

悪あがきで、押し花ならぬ、押し葉にしてみた。
これだったら残るかと思って。

でもね。
どの本に押し葉にしたのかを忘れちゃった…。

いつか本を開いたとき、はらりとこの葉が発見されると嬉しいなぁ。

2010年4月10日土曜日

夜桜



雑誌取材、三日連続。

いつもながら、ジャンルの異なる様々な人のお話を聞けて楽しい。
問題は、来週それをまとめて書かなければならないということだ。

木曜日の夜は、通っている書道教室のお花見があった。

池袋、明日館のライトアップされた夜桜。
たった四本ながら圧倒的な量で咲き誇っている。

暖かい教室の中で、皆で語らいながらお弁当を食べ、夜桜を眺める。


今年は桜をたくさんみれているなぁ。
日曜からは、京都に行ってきます。

2010年4月7日水曜日

SPEED

最近、YouTubeでSPEEDばっかり聴いている。

なんだろ。
あの頃特別に好きなグループでもなかったはずなのに、今聴くとすごい良い気がする。
歌声も伸びやかでパワフル。
なにより勢いがあって圧倒される。

気分が沈んで鬱鬱しているときに聴くと、元気が出る。
仕事もサクサクはかどる気がする。
だけど実際には「気がする」だけ。
だって一緒に歌ってるから。。

彼らがかつて活動していた1996年から2000年にかけては、経済的にはすでにバブルも崩壊していたし、就職戦線も目茶苦茶だったはずだ。

「大学生=ドラマのように金遣い荒くおしゃれな生活をしている人たち」とイメージしていたのはどこへやら。
いざ自分が大学生になったら、世の中ずいぶんしょぼくれていた。
バブル時代に青春を送りたかったなどとはまったくもって思わないが、「就職氷河期」→「就職超氷河期」と、もう少し他の言い方ないのかと新聞を広げながら思ったものだ。
もはや新しい表現を見つける気もなくなるくらい社会は落ち込んでいたのだろう。

だけど、考えてみるといくら経済が落ち込んでいても、あの頃のエンタメはまだまだ最後の元気を振り絞って輝いていた。

SPEEDの曲を改めて聴いていても、たしかに歌詞は決して景気良くないんだけど、それを上回る(それこそ)スピードとリズム、勢いと気力に充ち溢れている。

おまけに、さらによくよく歌詞を聴いていると、やたら大人なのね、この人たち。
当時中学や高校生でしょ。
今、普通に彼らの恋愛の歌を聴いていて、「うん、うん、本当そうだよね」とか思うって、私が子供なのか、それとも当時の彼女らが大人なのか。。


しかし、就職超氷河期時代に若者の心を引っ張ってくれた彼らが、数年のブランクをおいて、再び就職超困難時期の今戻ってきてくれたのは、なんだか不思議な気がする。
だって彼らが完全再復活したのって、2008年8月でしょ。
リーマンショックが起こったのが、2008年9月。


過去の歌を聴くもよし、
さらにレベルアップした彼らの現在の歌とダンスを堪能するもよし。

ビバ、SPEED!


2010年4月5日月曜日

『土曜夫人』

織田作之助の『土曜夫人』を読んだ。

神田古書店で買った新潮文庫。
当時の定価は100円。
買ったのは420円。
昭和24年発行、
昭和45年34刷。
紙も大分黄色くなり、漢字も旧い。

『夫婦善哉』が好きだったため買ってみたが面白かった。
が、
どうも妙な終わり方だと思ったら未完の作品だった。
35歳で亡くなってしまった織田作之助。
生きて連載を完結させられたら、この物語の着地点はどこだったのだろう。


舞台は終戦後の京都。
焼け野原になってしまった東京とは違い、焼けずに残った唯一の都会、京都。

ダンサー、華族、カメラマン、連れ込み宿の女主人にスリにツバメに売春婦。。

たった二日間ほどの時間の流れの中で、京都の街のあちらこちらにカメラを向けては登場人物の一人ひとりの心の中を写し取っていく。
しかも、次から次へと新しく登場する人物たちが、全員何らかの縁で繋がりあっているという不思議。

小説としての出来不出来は別として、とても実験的で面白い小説だった。
当時の世相も分かり興味深い。

でも一番、素で驚いたのは、解説者が林芙美子だったこと。

時代を感じさせるなぁ。

2010年4月1日木曜日

あの曲…




先週我が家にいてくれたピンクのラナンキュラスくんが役目を終えて去っていったため、今週はバラを買った。

中心は淡いピンク色で、外に行くにつれて淡いベージュ色からオフホワイトに。
花弁の縁はうっすらと黄緑色。
とっても爽やか。

「このバラの名前は何ですか」とお花屋さんに教えてもらう。
「紙に書きましょうか」と言ってくれたが、
「いえ、覚えたので大丈夫です」と自信満々帰ってきた。


さて、問題は「ボレロ」だったか「ラベル」だったかということだ。。