2010年12月18日土曜日

M

東京バレエ団による、モーリス・ベジャール振付の「M」を観にいってきた。

「M」は、三島由紀夫のM。

三島の人生と作品の断片からなるイメージ。
ベジャールは「批評ではなく、仄めかし」といっていた。

能や歌舞伎などの日本芸能をテーマにした舞台をいくつも創作してきたベジャール。
踊りや構成も素晴らしかったけど、舞台美術も美しい。
最後のシーンの、舞い散る桜吹雪は圧巻でした。


今日観に行ってきた理由がもうひとつ。
たった2日間の公演のために、小林十市さんが7年ぶりにダンサー復帰するから。
モーリス・ベジャール・バレエ団でベジャールバレエを踊り続けてきた彼が、東京バレエ団の団員と共演するのだ。


2002年に、ベジャール・バレエ団が来日し、「東京ジェスチャー」を上演した時、行くか行くまいか迷った私。
結局見送ってしまったが、その直後に小林さんは腰椎椎間板変性症により、突如現役を引退してしまった。
スポーツ選手同様、体を酷使するダンサーの寿命は長いとは言えず、観られる機会を逃したら次があるとは限らないということを思い知らされた。

その彼が今回、18日に復帰、19日に引退という、異例の2日間だけのダンサー復帰を図るというので「これはもう」と観に行ってきたのであります。

とはいえ、7年のブランクを経てのダンサー復帰なんて可能なのだろうかと思ってもいた。
バレエなんてレッスンを数日休んだら、取り戻すのにえらい時間がかかるものなのに、それをさらにプロとしての踊りとして提供するなんてこと、並大抵の努力と意志ではできないだろう。


で、結論ですが。。

素晴らしかったです。

これで引退?
全然、今後も踊れるんじゃないですか?
ときっと誰もが思ったはず。
でもおそらく、一度故障を起こした体は、時限爆弾を抱えているようなもの。このまま踊り続けても痛みは蓄積していくばかりなんでしょうね。


公演後のカーテンコールは、たぶん10回以上はあった。
客席の灯りがついてからも拍手は止まず、最後はスタンディング。
ようやく客が帰り始めてからは、幕の内側でダンサーたちの拍手喝采と口笛、笑い声が聞こえてきた。


一時は歩くことさえできなかったことからダンサー引退を決意したものの、心の準備も整わない突然の幕引きに自分の中では本当には納得がついていなかったと、小林十市さんはどこかで語っていた。
今回、たった2日間とはいえ、ベジャール作品でダンサー生活に終止符を打てたのは良かったのかもしれないですね。
私たち観客としては残念ですが、最後にもう一度踊りを観れて良かったです。


素晴らしい舞台をありがとうございました。

2010年12月15日水曜日

ですので

「孫を語り、『電話番号が変わった』などの連絡が来たら、

 振り込め詐欺ですので、110番してください」


という市役所からの放送が、毎日お昼頃、市内に流れている。


「振り込め詐欺かもしれないので」ではなく、
「振り込め詐欺ですので」という断定的なところが興味深い。


本物の孫が連絡先を変えたときにはどうしたらいいんだろう。

手書きの文書とか?

直接訪問とか?

テレビ電話とか?


面倒な世の中になったもんだなぁ


2010年12月13日月曜日

私は今日、はじめて気がついてしまいました。

ピーマンの中に種がびっしりへばりついている様子は、けっこう気持ちがわるいもんだということに。

世の中には知らない方が精神的上いいこともあるけれど、あきらかにこれは知らずに一生を終えたかったことのひとつです。

ケイトウのムニュムニュが「脳みそみたいで気持ちわるい」という花屋の同僚の見解を聞かずに今後の人生過ごせた方が、私は幸せだったのではなかろうかというのと同じくらい。


あとの問題は、気づいてしまったこの事実にどう立ち向かってピーマン・パプリカを食し続けるかということでして。。

でもやっぱりおいしいからなぁ

あぁ葛藤…


2010年12月10日金曜日

12 月

「良いお年を」

そんな挨拶をする季節になってきたんだな~ということにびっくり。

2010年もそろそろ終わりに近づいてきたんですね

2010年12月8日水曜日

おとこらしい

お茶のお稽古で、濃茶をやった。

張り切って練ろうとしたら、抹茶が茶筅の中にムニュって詰まってしまった。

先生に見つからないうちに何とかとろうと、ガシガシ練ってみたがとれない。

このまま茶筅を畳に立てたら、畳が綺麗な抹茶色に染まるのは目に見えている。

ので、しかたなく、

「先生、こんなんなりました」と訴える。

「あらあら、みうらさんはおとこらしいから~」と懐紙でとってくれた。

褒め上手の先生は、何をしても褒めてくださるが、どう頭をひねっても褒めようがないときは「おとこらしい」という表現でも褒めてくれようとする。

「おとこらしい」のがはたして褒め言葉なのかどうか疑問だが、「うちは男点前だからそれでいいのよ~」とフォローしてくださるので、それで良しと思うことにしている。


…にしても、このお教室で「おとこらしい」と表現されるのは私だけなのは気になるところではあるのだけれど。

2010年12月5日日曜日

今日のご飯は「ケチャップうどんだよ!」

日曜の午後、はりきって父が言った。


「ん~……。 なにそれ。。(どんな料理?)」


「間違えた。けんちん汁だ!」


父よ、、「け」 しか合ってませんけど。


ダンス

2日連続で友達の舞台。

1日目はタップダンス。
2日目はフラメンコ。

2人ともバレエ用品店時代のお友達。

タップにジャズにバレエに歌に、稽古に明け暮れて、お店で思わずモップ持ちながらウツラウツラしていた友人。
本場スペインに渡ってフラメンコ漬けになっていた友人。


踊るのがいくら好きでも、
実際にその踊りで身をたてていける人間なんてほんの一握り。
いつしかみんな疲れ果て、「ふつう」の生活に移行していく。
 

そんな中でずっと踊り続け、進化し続ける2人はほんとすごい。

フラメンコダンサーの友人は今回が初のソロリサイタルだそうで
テーマは「プロローグ」。

素敵だね。

2010年12月1日水曜日

点灯



表参道にいった。
ら、昨年から数年ぶりで復活したイルミネーションが始まっていた。

イルミネーション期間は12月1日~1月3日まで。
昨日は点灯式だったみたい。

一番のり♪

2010年11月29日月曜日

その瞬間…

龍馬伝。
最終回。
龍馬暗殺のその瞬間!

突如デカデカと現れた愛媛県知事選速報テロップ…

本当にね。。
なんであの瞬間だったんですかね。

「あ~、邪魔じゃま!」
「消えて!」
「なんで今っっ!!」

とコタツをバンバン叩いて騒いでいるうちにあっけなく龍馬切られ。。

あ~~……。。

「一年間見続けた最後がこれかよ」とがっかりな中、龍馬伝終了。

全体を通して陰影の美しい映像だっただけに、テロップの文字もはっきりくっきり浮かび上がり。
背景にはばっさり切られる福山龍馬ですからね、そりゃきっちりみんなの目に焼きつきましたわ。

あと数分、いや数秒でもいいからずらすことはできなかったんですかね。。


2010年11月16日火曜日

ひおうぎ



名前の分からない枯れた人たち=檜扇(ひおうぎ)でした。

枯れぐあいが素敵なので、現在我が家のトイレにいます。

2010年11月12日金曜日

お華

秋の文化祭。
華道のコンテスト。

一年を通じてまったくもって稽古してない身なのに、この文化祭だけは拒否権なく毎年参加。
開き直ることだけ長けていく。


会場につき、くじを引き、その番号のテーブルに行くと、そこにはすでに新聞紙にくるまったお花ちゃんたちが待っている。

たいていの場合、あけてびっくり「君ですか!」という出会いが用意されているものだが、今回は落ち着いた出会いで安心安心。
キングプロテアあたりが来るかと覚悟していたのだが、けっこう控えめなひとたちだった。

 赤目柳 6本
 グリーンのドラセナ 3束
 オレンジのダリアと思いきやピンポンマム 5本
 名前忘れた枯れた枝に黒い実がついてるの 5本


赤目柳はそのままでも綺麗だけど、ピンポンマムがオレンジだから、せっせとひとつづつ赤目を剥いて中のシルバーを出していく。
すべて剥くだけですでに30分経過。
それらを挿して土台作りにさらに30分経過。
ドラセナをクルクル巻いていくのに20分経過。
最後にマムを入れようにも、ドラセナが邪魔して入らないのに苦戦するのに20分経過。
最後の10分で、枯れた名前の分からん人たちを入れていく。


制限時間2時間。

なんとか完成して退室。

緊張するけどやっぱり楽しいね。

何本か明らかに剣山まで届いてない気がするけれど、まぁがんばってお水を吸ってちょうだいな。

2010年11月10日水曜日

ひつじちゃん



前の職場の人たちと恒例の「羊かい」。

ひつじちゃんもねこまんまもソフトクリームも美味し美味し。

栄養つけて、風邪もどこかへいっただだろ。


2010年11月9日火曜日

去年の



富士さん。

夕闇



我が家のベランダから。 富士さん。

私の野望



締め切りの一日前に、「原稿書き終わっちゃったよ~」って言い放つこと。。



2010年10月31日日曜日

文化祭

土曜日。
とある中学校の文化祭で「伝統文化をまなぶ」的なことを先生方が思いついたのだろう。
簡略式のお茶席をつくり生徒たちに煎茶を飲ませることになった。

そこで私たちは台風だというのに着物を着て、えっちらおっちら出かけていった。
現地集合、現地解散。

ほかの人は近くに住んでいるけど私一人はかなりの遠征。
やっとのことで学校にたどり着くと、「遠いし台風だからもう来ないかと思ったわ~」と先生と仲間たちに言われる。
いや、来なくていいなら最初から言ってくれれば来なかったけど。

ぶらぶら学校の教室をのぞいてみると、ちょうど給食の時間。
給食だけは懐かしかったけど、後はいいや。
頼まれても中学校時代に戻りたいとは思わないな。

しかし生徒たちのテンションの高さにはびっくり。
箸が転んでもおかしい年頃ってこういうのを言うんだろうね。
何が面白いんだかわからんが、とにかく笑いまくっていた。

一クラス分集まるとものすごい喧騒。
一気に耳鳴りになるかと思ったよ。

みんなでワイワイ騒ぎながら、剣山に花をぶっさし、お菓子をくらい、お茶を一気飲みして嵐のように去って行った。

元気ですね。若者は。

2010年10月20日水曜日

リンドウ



リンドウ・千日紅・アイビー。

久しぶりに外を歩いてみたら、秋の草花がたくさん出ていた。

熟れた実がたくさんぶら下がっている柿の木もいい風情だね。

2010年10月18日月曜日

成長



三ヵ月半ぶりくらいにお茶のお稽古にいったら、

スカイツリーがものすごく大きく成長していてびっくり。

下から眺めていると、首が痛くなるね。


もはや埼玉の自宅からも見えるようになった。

と言ったら、「それは蜃気楼だ!」と叫んだひどい編集者もいたね。

すべて完成してライトアップされたら、きっと夜も奇麗だね。

楽しみ、楽しみ。

2010年10月7日木曜日

金木犀

秋。

部屋にいると涼しい風が吹き抜けていく。

と同時に、金木犀の香りもどこからともなく漂ってくる。

マンションの一階にあった金木犀の木は「くさい!」という住民の苦情により切られてしまったようだけど。。
どこかの木が一生懸命頑張ってくれているのだろう。


そんな金木犀の花ことばは「謙遜」なんだって。

いぱくんが教えてくれた。

あんなに一生懸命自己主張してるのに「謙遜」なんておかしいね。


…でも、そうか。
一年のうち、この季節以外は本当に目立たない木だもんね。

だから「謙遜」なのかな。

2010年10月5日火曜日

舞台

来月、モーリス・ベジャール・バレエ団が来日するようだ。

2007年に80歳で亡くなったベジャールの未完作品「80分間世界一周」と、後継者のジル・ロマンの新作品をもって。

12月には東京バレエ団が、これまたベジャール作品「M」を上演する。
これは三島由紀夫のオマージュ作品

あと、ズービン・メータ指揮のイスラエル・フィルハーモニーもくるみたいだね。

秋でもあることだし。
久々に舞台でも観てこようかな。

2010年9月28日火曜日

着々と

日本に帰り。

そして着実に太り中。

白いお米は罪つくりだ。

あと、おせんべとか、納豆とか、鍋とか、、あ、そろそろ秋刀魚もね。

一ヶ月後がおそろしい。。

けど、今を大切に生きることにしよう。

2010年9月24日金曜日

Tschüß!



三カ月終了~

明日の朝の便で日本に帰ります。

ばいばい、ベルリン。

楽しかったよ

2010年9月15日水曜日

Die Reise



友達の知り合いのバンドがデンマークから来るというので、ミッテにあるレストランに出かけた。


ヨーロッパなんだかアジアなんだかよくわからない店でビールを飲みながら演奏を待つ。


途中、お店の人がお菓子をくれたのでモグモグ食べていると、
それぞれに配られたクッキーの中に、何やら文字が書かれた紙が入っていた。

どれどれ、と私のクッキーの中に入っていた紙を読んでみると…





あなたはもうすぐ遠く離れた所へ旅することになるでしょう



……。

これって日本のこと?


「もうすぐ日本に帰らなくちゃいけない」ということを話していた矢先のこの言葉に、その場にいるみんなが驚愕。



ビールでほろ酔い気分になりながら、なんだか不思議な夜でした。

2010年9月13日月曜日

ein bisschen

ein bisschen gleich

「ってフレーズが、休憩時間とかに校内歩いているとよく耳に入ってくるけれど……」
とある日のトーマス。

「たぶんこれ、『少し似ている』とかの感覚で使っていると思うんだよね。

自分の国の文化とお宅の国の文化、少し似てる所ある、とかの感覚で。。

でもね、gleich(同じ)がein bisschen(少し)ってのはありえないから。

それはein bisschen tod(ほんの少し死んでいる)っていうのと同じだから。
ein bisschen voll(ほんの少しいっぱい)とかね。
ein bisschen schwanger(ほんの少し妊娠してる)とかね。

ありえないでしょう?

妊娠はしてるかしてないかのどちらか。
死んでるも、生きているか生きていないかのどちらか。

JaかNeinかのどちらかで答えるべきものの場合、そこに『ほんの少し』も何もないから」

と、ここである生徒が「はーい!」と手を挙げる。

「ein bisschen verheiratet(ほんの少し結婚している)みたいなもんですね」

「そうそう!」と答えたものの、トーマス、「いや、まてよ。……う~ん」と考え込む。
「ドイツに限っては、ほんの少し結婚……もあり得るかも。。」
 
「まぁまぁ、いいや。普通はそういうことはないので、とにかく『似てる』って言いたいときには、ちゃんとähnlichの方をおっくうがらずに使ってね」


「は~い」

Berliner Weiße



近くのカフェで、ベルリーナーヴァイセを飲みながら原稿チェック。

これはビールを果物のシロップで割ったベルリン独特の飲み物。
赤と緑があるけれど、緑はビジュアル的にこわくてまだ飲んだことない。。

お酒好きな友人からは「邪道だ!」と怒られるけれど、これならアルコールに弱い私でも飲めるのね。
さすがに甘いからご飯のときには合わないけど。


このお店の一角は、温室みたいにガラス張りになっている。
ぬくぬくあったかいのね。

2010年9月12日日曜日

Die Sonne



「今週末はきっとよく晴れるよ。
 そしてそれがきっと、今年ベルリンで見れる最後の太陽になることだろう。
 みんな思い残しのないよう、きっちり太陽とお別れしておくんだよ。
 次に会えるのは来年の夏だから……」


ほんとうに?


とりあえずせっせとお洗濯をしてみた。

そして干してみた。

今は仕事中。

夕方になったら、「今年最後」の太陽を拝みにお茶でもしにいこうかな。

2010年9月9日木曜日

ミント


友達がトルコマーケットで大量のミントを買い、それを分けてくれた。

とりあえずコップに水をはり、ミントくんたちをそこに放つ。


夜、お湯を沸かしてミントの葉を入れてみた。

美味しいミントティーの出来上がり。

2010年9月8日水曜日

TOFU

授業後、トーマスが「お腹すいた…」とヨレヨレになっていた。

「朝も昼も、ちゃんと食べたのに…」というから
「お昼ごはんには何を食べたの?」と聞いたら、
「Tofu」という。

豆腐?

しかもTofuだけしか食べてないらしい。

それじゃあ、お腹も空くだろう。。

「でもTofuはとっても栄養があるんでしょ。しかも僕はかなり大きいのを食べたんだ!」

う~ん。でもねぇ。いくら栄養あっても所詮豆腐でしょう。

「Tofuはね、女性がよくダイエット食として食べるものなのです」というと、
「ええっっ!」と驚くトーマス。
「Tofuだけじゃ絶対にお腹いっぱいにはならない。
日本人だって普通は、Tofuにプラスしてご飯やみそ汁、肉や魚や野菜を食べるんだから」

そういうと今度は「みそ汁」に反応するトーマス。

「そういえばこないだ授業でも『故郷と言えば』-『Miso Suppe』って言ってたよね。
しかもMisoもTofuと同じく体にいいんだってね。
今度はMiso Suppeを食べたいな。どうやって作るの?難しい?」

なので、味噌が手に入るアジアショップの場所と、日本からもってきただしを分けてあげた。


けどね、トーマス。みそ汁と豆腐だけでもやっぱりダイエット食だよ?

テクテク


最近運動不足だしな…と、家の前の運河沿いを散歩することにした。

夕暮れ時の7時から8時くらいまで。

のんびり歩きながら見たことない木の実を発見したり、白鳥が遊覧船に追い立てられていくのを眺めたり。

平和だなぁ。


あんまり運動不足解消にはならないけれども、これはこれでよし。
と思っているところに、前方から見しった顔がタッタカタッタカ走ってきた。

同じ学校に通っているY子さん。
最近マレーシアから移住してきた彼女は、いつ会っても最高のテンションだ。

「あら~!前から小っこいのが歩いてくると思ったら~。
どうしたのよ、こんなところで~! お散歩~?」

相変わらずテンションが高い。


なんでも彼女はベルリンマラソンに出ようと思ったのだが、すでに締め切りは終わっていたらしい。

「それでもね、私、毎日10キロは走るようにしてるのよ~!」


10キロ??


「じゃあね~! また明日ね~! 気をつけて帰るのよ~!」


いやいや、南国から来た人はエネルギーが違う。



家に帰る頃には道の電燈に灯がともり始めていた。

2010年9月6日月曜日

Georgien

Georgien

ある生徒が自分のことをそう呼ぶので、てっきりゲオルゲという名前だと思ったら、名前ではなく出身地だという。
「GeorgeじゃなくてGeorgien? それって国の名前?」
ものすごく不審そうな顔を私はしたらしい。

「知らないの?」とちょっぴりさみしそうな顔をされた。
「英語で言うとジョージアなんだけど」
「あ~、あの!」と言いかけると、
「言っとくけど、アメリカじゃないからね」と先手を打たれた。

なんだよ。ジョージア州かと思ったらそうじゃないの。

後でこっそり辞書を調べてみたら、グルジアのことだった。。

なるほど。


ここにいると様々な国の人と出会う。

幸い「日本を知らない」という人と会ったことはないけれども、こちらが相手国の知識を持たなくて申し訳ないやら恥ずかしいやら…の思いをすることはある。

以前、イエメン出身の子に「イエメンってどこにあるか知ってる?」と聞かれて「う~~ん」となり、がんばって思い出そうとしてみたけど無理で、「ごめん、知らない」となり、相手に悲しそうな顔をさせてしまったことがある。

それ以来、その場では極力、相手国がどこにあるのか知らないとは言わずに、後でこっそり調べるようにしている。


だが、先日エルサルバドル出身の子がいっていた。


「私がエルサルバドル出身だって言うと、必ずみんな『あ~~』という表情をするのよ。
でもわかりそうでわからないから、次第に目が泳ぎ始めて、しまいには視線が足元に落ちちゃうの。
で、『そういえば』って話題を変えるのよ」

「知っている」とも「知らない」とも言ってもらえないのが、ちょっと悲しいと彼女は言っていた。


その国を素直に「知らない」といった方がいいのか、あるいは「知っている」ふりをして後でこっそり調べるのがいいのか。


最初から世界の地理を覚えとけ!って話ですね。

Europa

最近、トーマスは地理づいている。

現在進行中の教科書でたまたまそういうテーマのところをやっているというのもある。
けれども以前、
「ドナウ川は最終的にどの海に流れているか」
という問いをしたときに、
「死海!」と言い切った生徒がいたからである。

イスラエル出身のその愉快な生徒は「Ja~。もちろん死海~」といってトーマスの目を剥かせた。

「死海なわけない!」

そのほか、「エーゲ海」とか「北海」とか「カスピ海」とかあてずっぽうの答えが続く。。

イライラしたトーマスが叫ぶ。
「この中でヨーロッパ人は誰!? 小学校で習ってるはずでしょ!」

たまたま目があったトルコ人の女の子に、

「君は半分ヨーロッパなんだから当然わかるよね」というと、

「いえ。私はアジア人です」とあっさり拒絶。

「え~。だってこないだトルコもEUに加盟すべきだって言ってたじゃん!」

「あ、それ訂正。やっぱEU入らなくていいです。だからドナウ川がどこに流れているかも私が知っている必要はありません」

トーマスがっかりだ。

「でもね、だとしてもやっぱりドナウ川がどの海にそそいでいるかは知らなきゃいけないよ。だってすごい近所だから!」


まぁ、結局ドナウは黒海にそそいでいるわけだけども、それ以来トーマスは
「こいつらにはまずドイツ語以前に地理を教えなくてはならん」と固い決心を抱いたようだ。

先日もせっせと黒板にヨーロッパ地図を書いて、
「さぁ、ここにあるのはどこの国だ?」とやっていた。

Deutschland

Jermani
Germany
Niemcy
Almanya
Allemagna
Tyskland
Saksa
……

それぞれ「ドイツ」をあらわす各国語ということだ。

先生のトーマスが大げさに嘆く。

「だ~れも僕らの国を、Deutschland(ドイチュラント)とは呼んでくれない!
 かろうじてオランダだけがDuitslandと呼んでくれてるけど!」


「あ、でも日本ではちゃんとドイツって呼んでるよ」

そういったらえらく喜ばれた。

「素晴らしい! なんて日本人は親切なんだ!」と。

「Danke schön!」と言われたので、
「Bitte schön!」と答えておいた。

オランダがその呼び方をしているから、私たちもそれに習ったんだと思うけどね。


これでドイツの国を「ドイツ」的に発音している国は、世界中でドイツ語圏とオランダ、そして日本になった。
探せばもっとあるのだろうか。

2010年9月4日土曜日

Reichstag

ここはベルリンじゃありません。
ここはクロイツベルクですから。

冗談交じりにそんな会話が出てくるほど、ここクロイツベルクはミッテと呼ばれるベルリン中心部とは雰囲気が異なる。
トルコ系やアラブ系の人が多く、美味しいケバブ屋さんや中華料理、ベトナム料理、韓国料理やタイ料理のお店も多く立ち並ぶ。

野菜や果物も安くて、生活するには至って便利で居心地の良いエリアなのだが、イスタンブールから来た友人などは、ちょっとぷりぷり怒り気味だった。
「ヨーロッパ」的なものを求めてドイツにやってきたのに、気が付いたら周囲にトルコ人しかいない!と。


で、私の生活といえば、ほとんどこのエリア内で完結している。
朝起きて学校に行き、その帰りに生活に必要な水や野菜や果物を買い、たまに友達とお茶をして…。
うっかり自分がベルリンにいることも忘れてしまうくらいだ。

現住所=クロイツベルク王国

そんな感じ。

だから週末とかはあわててほかのエリアにも足をのばしてみたりする。



そんなある日の授業こと。

なんとなくけだるい金曜の午後。
教科書に出てくるわからない単語を先生のトーマスに尋ねているときに、

「Reichstagsgebäudeって何ですか?」

とうっかり質問してしまった生徒がいた。
しかも、ベルリン観光のハイライトたるべき、このドイツ連邦議会議事堂のガラスドームは誰が設計したのかという説明をさんざん聞いた後に。

一瞬教室の空気が固まり、ムフーっと怒ったトーマスがのっしのっしと彼女のところに歩いていく。

「あっ…」

すぐに自分のした質問の意味に気づいたらしい彼女にむかってトーマスが怖い顔をわざとつくってたずねる。

「君はこれまでにベルリンにいったことはあるかね」

当然ここはベルリンである。

けれども彼女はしれっとこう答えた。

「いえ、残念ながら。
 クロイツベルクならあるんだけど…」


瞬間、教室は爆笑の渦に飲み込まれ、トーマスの怒りも雲散霧消。

「まあね。100年前にはたしかにクロイツベルクはベルリンではなかったしね」

ということで、彼女の宿題は「週末にブランデンブルク門とReichstagを観に行くこと」に決定してしまった。




2010年9月3日金曜日

寿司

二ヶ月間お世話になったドイツ人の女性が、私のお別れ会を開いてくれることになった。

けどメインディッシュは寿司。
当然作るのは私。。

「寿司を習いに行きたいとずっと思っていたんだけど、ちょうど日本人のあなたが来てくれてよかったわ~」って。

いやいや、プロに習うつもりだったんだったら素直にそうした方がいいと思うけど。
寿司なんて子どものころに家族でつくった手巻きずしくらいしか経験ありませんけど。
それだって欲張ってモリモリ具を入れたせいで、食べるときにご飯や具がムニ~ってはみ出してきていたのに。
そんな私に寿司を習おうなんて、あなた大分無謀だね。

と思うものの、そんな理由では断れないし。

そもそも日本人なら全員寿司が簡単に作れるもんだと心から信じているドイツ人たち。
何度説明しても、そこら辺は分かってもらえない。
「自分たちも寿司を作ったことがある!」とよく自慢げに語っている西欧人に出会うけど、寿司っていうのはね、そんなに単純なものではないんですよ。
もっと奥深くて職人の技を必要とするものなんですよ。

ったってね。
先日も通りかかった寿司屋で、「色とりどり寿司!」みたいなポスターみたし。
海苔巻が、赤・黄色・ブルー・緑・白・紫・ピンク…とか、いろんな色で巻いてあるの。
「色とりどり」にする必要ないから!
シンプル イズ ベスト!なんですよ!!

まぁいいや。


ということで、散々ドイツで手巻きずしを作らされた経験から、今ではだいぶ上達しているという日本人の友達に助けを求む。


そんなお別れ寿司パーティを今週末に控えた今日のこと。
韓国人の友達からちょっと怒り気味でこう聞かれた。

「manami。寿司パーティをするって聞いたけど、本当?」

「うん、今週末ね」

「なんで私を誘わないの!?」

「え。。」

「私、寿司大好きなのに! 私たちも誘って!!」


ったって、今回はそのドイツ人の女性と彼女の友人たちとすることになっているから、そんなに呼べないし。。


「じゃあ、また別に寿司パーティする?」

「する!!」


ということで、二週続けて寿司パーティをすることになった。

日本人は寿司を、韓国人は韓国料理を、中国人は中国料理をそれぞれ持ち寄って。

アジアンな夜はきっと美味しいことだろう。

2010年8月31日火曜日

木枯らし


本日、ついに寒さに耐えきれず、H&Mへ繰り出した。

なんとか手持ちの服であと一カ月乗り切ろうとしたが、はやくもあきらめモードに。。

特に昨日からグンと寒くなった気がする。
地下鉄に乗ると、最高気温18度、最低気温10度とある。
もっと寒いんじゃないの?
道行く人にも厚手のセーターやブーツ姿がチラホラ。
気の早い人に至ってはダウンで武装している。

日差しの差し込まない住まいでは、「寒い…」という言葉が頭から離れない。
むしろ「暖房っていつから入るのかな…」くらいだ。



H&Mではとりあえず重ね着できそうな無難なトップスや部屋ではく靴下を購入。
でもそもそもあんまり暖かそうな服がない。
まだ半袖くんたちが主役顔で並んでいる。


というか、なんでドイツにはユニクロがないのかな。

私が今切実に欲しているのは、ババシャツにとって代わって日本女子のインナー史を塗り替えた画期的な発明品、ヒートテック様々だというのに…。


ああ、日本の我が家の私の部屋のたんすのあそこらへんに入っているはずのところの、あの服とあの服とあの服が欲しい。

取り寄せバックがあったらなぁ。。

いっそ巣鴨の赤パンツでもいいよ。

2010年8月19日木曜日

な?

「~な?」
「~な?」

お家のドイツ人女性と話していると、「~な?」という音がしょっちゅう出てくる。

「schön,na?」
「toll,na?」


「~だよね?」
「~と思わない?」


そんな確認の音なのだと思うのだけれど、これははたして彼女の口癖なのか、ベルリン人の口癖なのか、それとも広くドイツ人の口癖なのか…。



そんな疑問を抱いていたところ、本日の授業中に先生が言っていた。

「ベルリン人はよく、~na の音をくっつける」って。

どうりで、ミュンヘン出身の彼の口からはあまり「na」の音がきかれないはずだ。


そのほかいろいろベルリン人独特の言い回しや省略の仕方を教えてもらう。

教科書通りの正確なドイツ語もまだまだの私。
街の人の日常会話を理解できるようになるのは、いったいいつになることやら。


2010年8月17日火曜日

Meissen


マイセン陶磁器のお店を見ていたときのこと。


「ポスターのセンス、おかしくないか?」と気づた私と日本人の友達。


一見かっこいいんだけど、よくよく見るとなんだかおかしい。。


ますこの女性、ピー○ーに激似だし、



手に持つパスタは具なしだし。



それを食べさせてもらおうとしている男性は、なぜか手にスプーンだし。。




いやぁ、おかしいでしょ、これは。






でもって、見渡してみるとほかにも面白ポスター、多々あり。







なぜか前面に青リンゴがゴロゴロ。
※だけど食べさせているのはイチゴ。。





なぜか寿司バージョン。
※箸の持ち方おかしいし。。

ってゆーか、蝶ネクタイで寿司?

それ以上にテーブルに寝そべって寿司??







う~ん。

たしかにマイセンは素敵だけど、ポスターのセンスはどうなのかしら。。








(注)ちなみに、ドイツ的センスがつぼにはまって笑い転げていた2人ですが、決してマイセンが高くて手が届かないための腹いせではありません。

Dresden



ネットになかなか接続できないネット難民みうらは、週末ドレスデンに行ってきました。


だんだん冬に近づきつつあるドイツでは、毎日少しずつ雨が降りつつ気温が下がっていくらしい。

ということでドレスデンも雨。
晴天かと思ったら次の瞬間には雷雨。
でもって十分後には再び晴れ。
その合間合間を縫って、美術館巡りや教会見学。



第二次世界大戦でほぼ全壊したドレスデンは、戦後できる限り元の街の景観に復元して、そして現在も修復中らしい。
いたるところに正体不明の空き地がある。

ドイツ最大のプロテスタント教会だというフラウエン教会も、昔のレンガをあてはめて再建したため、ところどころ黒いブロックが混ざっている。



1945年のこの教会の写真を見ると、ほんの一部の壁を残してほぼ全壊。
正面に立つルターさんも地面に転がり遊ばしていた。

戦後も東ドイツ側になってしまったため、長らく再建されずに放置されてきたものの、長い年月を経て2005年には無事再建が完了。
ルターさんも無事、元の場所に戻ることができた。


この日は夜、この教会でコンサートがあるというので、チケットを買っていそいそと出かけていく。
パステルカラーのブルーやピンクに黄金色がちりばめられた内部は美しく、安いチケットを買ったため演奏者たちの姿は一切見えない席ながらも、丸天井の天使たちの姿を見て満足満足。


ちょっと残念だったのは、もうひとつの聖十字架教会のコンサート。
この教会に所属する少年合唱団のコンサートがあるというので行こうと張り切っていたのに聴けなかった。
原因は私のドイツ語力のなさ。。

スケジュールに、Sonnabendの18:00~と書いてあったので、てっきりSonntag(日曜日)のAbend(夜)かと思ったら、SonnabendとはSamstag(土曜日)の夜のことなのね。
ってそんなの基本?
かつて習ったんですか、私?

同様の勘違いをした外国人と並んで「コンサートは?」という顔をしていたら、「今日はない」と言われる。

はぁ。。


代わりに宮殿の橋のたもとでやっている路上コンサートを聴く。
音大生のアルバイトかしら。
とても素晴らしくて、一曲終わるごとに観客からの拍手と口笛が鳴り響いていた。




なかなかよいとこ、ドレスデン。
たっぷり堪能させていただきました。

2010年8月4日水曜日

プリングルズ



何か塩味的なものが欲しくなって、突如プリングルズを買ってみた。
(どうでもいいけど、「プリングルス」ではなく、「プリングルズ」なんだね)

ちなみにジャガイモ大好きなドイツ人だけど、味付けの方はさほどこだわりがないのか、スーパーに出回っているポテチ類は何でもかんでも「とりあえずパプリカ味にしとけ!」という鉄則に貫かれている。
だから日本のように、うす塩味などという繊細さは到底期待できない。



で、我が家にやってきたこのプリングルズ。


よくよく見るとパッケージがなんか変だ。



誰だ? このお兄ちゃん。ってゆうか、変なポーズ…





次に上のほうを見てみると…、



なんか、沸き立っている人々がいる。観客?







ああ!そうか!!サッカーだ!ワールドカップようにつくられたパッケージなんだ。





ということは、さっきの体操のお兄さんみたいなさわやか笑顔くんはゴールを決めた選手のつもりなのね!



それにしても。。




このやる気のないお兄ちゃんはどうしたもんだろう。。

なんか上からパプリカの粉をふりかけられているし。。


日韓

クラスの韓国人の女の子と、日本のドラマの話をしていた。

松本潤と小栗旬と安室奈美恵と中島美嘉が好きだという彼女は、日本人の私よりも日本のドラマに詳しい。

そんな彼女は、ある日本の映画の話をしようとして「あ~、タイトルが思い出せない。長いやつ、本も出ているやつで…」と悩んだ挙句、韓国語―日本語の電子辞書でその映画のタイトルキーワードを示してくれた。


・「叫ぶ」 (う~ん。。…ホラー系?)

・「世界」 (…ではなくて、社会派系?)

・「中心」 (はっ?いっそ…哲学系??)



「……意味が分かんないんですけど。これ、日本の映画?」ときくと、
「絶対知っているはず!」という。

しばらく考えて、「あ~~、分かった!『世界の中心で、愛をさけぶ』!」

「そうそう!それ!!」


いや~。肝心の「愛」のキーワードを教えてくれなくちゃ分からないよ。

ってゆうか。。
改めて口にしてみるとすごいタイトルですね、これ。

2010年8月3日火曜日

Brandenburger Tor



日曜日、
Tiergartenを散歩しようということになって、ブランデンブルク門で待ち合わせ。


地下鉄を上がって明るい日差しの中地上に出ると、
デーンと目の前にブランデンブルク門が!

お~、ヨーロッパな雰囲気~♪

日ごろトルコ人とアラブ系の人たちに囲まれて生活していたので、ついついここがヨーロッパだということを忘れていたよ。

しかも以前来た時よりも、格段に明るくおしゃれエリアになっている。
なんとまぁ、スタバまであるではないですか!

お~、都会だ都会♪

ここが都会である証拠に、なんと待ち合わせ相手のKaoriさんが、さきほど嵐の櫻井君をみたという。

ジャニーズメンバーを見れるなんてベルリンも東京並みに都会になった証拠かしら。

というのは冗談で(ベルリンっ子に怒られる)、どうやら旅番組の撮影のようだ。
残念ながら私は見られずにあきらめた。



さてさて。Tiergarten。


入口をはいっていくと、ひたすらマイナスイオン満載の森林が広がっている。





昔々、王侯貴族の狩猟場だったというこの森は、そのままの姿で市民の憩いの場になっている。



途中のベンチに座り、買ってきたパンとソーセージとビールでお昼ご飯。




「Tiergartenなのに、Tier(動物)がいない。。」
ちょっぴりさみしそうな中国人のジンくんは、途中で野兎を発見。
4匹(羽?)のピーターラビットみたいなのがポテポテ走り回っておりましたとさ。



ベルリンの街の42パーセントが緑。
人工の建物と、自然の木々の分量が同じ。
夕方ともなればみんながこういうところでピクニックをしたりサイクリングをしたり。

人間のストレスのかかり具合が、日本とは雲泥の差だと思うのは私だけかしら。。


まぁね。私はまだ暗くて長くて陰鬱だというベルリンの冬を体験してないから、こんなことを気楽に言ってられるのかもしれないけれども。

先日、語学学校の先生トーマスは暑さで顔を真っ赤にしながら、団扇をバタバタさせつつこう言った。

「あらかじめ言っておくけど、ベルリンの冬が暗くて寒くて長くてどうしようもないのは、僕のせいじゃないから。毎年この語学学校に来る生徒から、冬の間クレームが僕のところに殺到するけれども、それは僕のせいじゃないから。どんなにこれから冷たい雨が降っても、雪に取り囲まれて家から出られなくなっても、僕のところに文句だけは言いに来ないでくれ。このことは冬が来る前に言っておくよ」


とりあえず、今はこの短い夏を満喫しておこう。




2010年8月1日日曜日

Tempelhofer Park



私が現在住んでいる家から徒歩5分ほどのところに、Tempelhofer Park(テンペルホーフ公園)がある。

ベルリンに造られた一番最初の空港、
「Flughafen Berlin-Tempelhof(テンペルホーフ空港)」。
それが2008年に閉鎖され、現在は公園として開放されている。

冷戦時代は旧ソ連に囲まれて食料も物資も枯渇した西側市民のために、ここテンペルホーフにアメリカ軍による空からの物資調達が行われた。

1900年・1930年・2010年のベルリンの地図を広げてみると、1900年の地図にはここにはWiese(原っぱ)としか書かれていない。
1930年の地図をみるとFlughafen Berlin(ベルリン空港)、
そして現在2010年の地図をみるとPark(公園)とある。

周囲の街並みや通りの名前はそのままに、ポコンと空いたこの空間だけの名前が変わっているのが面白い。




住宅街を抜けていくと、徐々に視界が開けていく。



その先には……。



ひたすら巨大な空間が広がり。。




ってゆーか、ほんとに空港そのまんまなんですね……。



Parkというからには、何かしら手を加えて公園っぽくしてあるのかと思いきや、、
本当に空港の滑走路はそのままに、周囲に草がボーボー生えているだけ。



でも空港の滑走路を歩くなんてそうはできない経験なので、いっちょ歩いてやろうとテクテク歩いて回ってみた。




ひたすら歩く歩く。



途中、日焼け止めを塗ってこなかったことに気づいてちょっと後悔。。





真ん中らへんで「テンペルホーフの歴史」的なものを見つける。





(まだテンペルホーフが原っぱだったころ。皇帝の軍隊のパレード)



(1890年。飛行機を見に市民が集まる)



(1923年。初代テンペルホーフ空港は小さな木造建築。。)



(1926年。ルフトハンザ航空!)



(1930年代)



(さらに進化したルフトハンザ)




(現在)




ふむふむ、なるほどねぇ。

あれ。第二次大戦後の歴史が書いてませんけど。。


別のところにあるのかしら。








飛行機が走らなくなった滑走路には、今は自転車とローラースケートが走り、

飛行機が飛ばなくなった空には、子どもたちがあげる凧が舞っていた。