2009年11月8日日曜日

百合の花



ただ今、我が家には百合が大勢いる。

先日、生け花のコンクールに出したときのお花だ。
活けたときは一輪を除いてすべてつぼみだったが、今になってようやくすべて咲き始めた。

本数としては3本程度だったはずだが、なにしろ一本につぼみがたくさんついているので、なかなかなくならない。
以前花屋に勤めているとき、「カサブランカを買っていくと、一カ月弱楽しめるのよ~」と言っていたお客さんがいたが、大げさではなくお得な花だ。

家じゅう百合の香りで良い気持ち!
と喜んでいた矢先、先日夕食の席でわが父が衝撃的な一言を放った。

「しかし、百合ってのはくっさい花だな~」

なに~!!

くさいですと!?
百合をつかまえて、言うに事欠いて「くさい」!?


喜び勇んで、家じゅうに百合を飾っていた私。
玄関にも、洗面所にも、トイレにも、食卓にも。



ちょうどその日、読みかけていた夏目漱石の本『それから』で、百合の会話が登場していた。

主人公の代助を、三千代が訪ねてくるシーン。
彼女は代助が喜ぶだろうと、わざわざ百合の花を買ってくるのだが、どうも代助は好まない様子。

 「好い香でしょう」と云って、(三千代は)自分の鼻を、弁の傍まで持ってきて、ふんと嗅いでみせた。
 代助は思わず足を真直に踏ん張って、身を後ろの方へ反らした。
 「そう傍で嗅いじゃ不可ない」
 「あら何故」
 「何故って理由もないんだが、不可ない」
 代助は少し眉をひそめた。三千代は顔を元の位置に戻した。
 「貴方、この花、御嫌なの?」
 代助は椅子の足を斜に立てて、身体を後へ伸ばしたまま、答えもせずに、微笑して見せた。

残念ながら、我が家では代助と三千代のように情緒ある会話とはならなかった。
「百合ってのはくさいもんだな~」
「くさいとはなんじゃ~」
と、こうなった。

しかも翌日の今日、さらに父は追撃してきた。
「百合ってのはくさいのに加えて、遠慮ってのを知らない姿だな~」

ひどい…

まぁ、たしかにね。。

「謙遜の美徳」なんて言葉は彼女たちの辞書には載ってないさ。
遠慮の「え」の字も感じさせないような、どっぴらきの百合の花たち。
満開の笑みで咲き乱れている。


いいんだよ。

お前たちはそれで。

十分美しいその姿と香りで、私を楽しませておくれ。

わが父には、もう少し我慢してもらうから。。


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