2009年11月16日月曜日

白とグリーン



ただ今我が家にいるユーカリと、ホワイトのスプレーカーネーション。

花屋でまずシルバーっぽいユーカリを手に取った瞬間、秋色気分でレッドピンクなカーネーションを合わせようかと思ったけど、今の精神状況にはダークレッドはちょっぴしきつかった。

なんだかね。

別に沈んでいないし、すっごい元気なんだけど、いくら渋くても今の私にはレッドは重たかった。

今の心が求めているのは白。
ネガティブでもポジティブでもない。
まっさらな心を見つめる白。


花屋で手に取る花の色は、今の精神状態を表わしている。

将来に対する自信に充ち溢れているときには「情熱の赤」。
 ―― 薔薇とか、ダリアとか、グロリオサとか。
元気いっぱいのときは「まっ黄色」。
 ―― チューリップとか、ミモザとか、ひまわりとか。
ほんわか幸せ気分のときには「ふわふわピンク」。
 ―― ガーベラとか、アスチルベとか、芍薬とか。
すべてが暑っ苦しいときには「清涼なブルー」。
 ―― デルフィニウムとか、リンドウとか、ベロニカとか。
心が平らなときには「清純の白」。
 ―― オーニソガラムとか、ラナンキュラスとか、白椿とか。

そしてすべてに対して心が閉ざしているとき。
本当に心が癒しをもとめているとき。

その時は、何色であろうと花自体に耐えられない。

そういう時は、グリーンのみ。

 ―― のびのびとしたアイビーとか、立派なレモンリーフとか、清々しい香りを放つユーカリとか、つやつやなモンステラとか、もこもこのダスティミラーとか。


グリーンはいいやね。
生命力にあふれていて。

あ、別に今回の選択は、私の心が疲れてるとか、そういうんじゃないですよ。

気分です、気分。

2009年11月8日日曜日

百合の花



ただ今、我が家には百合が大勢いる。

先日、生け花のコンクールに出したときのお花だ。
活けたときは一輪を除いてすべてつぼみだったが、今になってようやくすべて咲き始めた。

本数としては3本程度だったはずだが、なにしろ一本につぼみがたくさんついているので、なかなかなくならない。
以前花屋に勤めているとき、「カサブランカを買っていくと、一カ月弱楽しめるのよ~」と言っていたお客さんがいたが、大げさではなくお得な花だ。

家じゅう百合の香りで良い気持ち!
と喜んでいた矢先、先日夕食の席でわが父が衝撃的な一言を放った。

「しかし、百合ってのはくっさい花だな~」

なに~!!

くさいですと!?
百合をつかまえて、言うに事欠いて「くさい」!?


喜び勇んで、家じゅうに百合を飾っていた私。
玄関にも、洗面所にも、トイレにも、食卓にも。



ちょうどその日、読みかけていた夏目漱石の本『それから』で、百合の会話が登場していた。

主人公の代助を、三千代が訪ねてくるシーン。
彼女は代助が喜ぶだろうと、わざわざ百合の花を買ってくるのだが、どうも代助は好まない様子。

 「好い香でしょう」と云って、(三千代は)自分の鼻を、弁の傍まで持ってきて、ふんと嗅いでみせた。
 代助は思わず足を真直に踏ん張って、身を後ろの方へ反らした。
 「そう傍で嗅いじゃ不可ない」
 「あら何故」
 「何故って理由もないんだが、不可ない」
 代助は少し眉をひそめた。三千代は顔を元の位置に戻した。
 「貴方、この花、御嫌なの?」
 代助は椅子の足を斜に立てて、身体を後へ伸ばしたまま、答えもせずに、微笑して見せた。

残念ながら、我が家では代助と三千代のように情緒ある会話とはならなかった。
「百合ってのはくさいもんだな~」
「くさいとはなんじゃ~」
と、こうなった。

しかも翌日の今日、さらに父は追撃してきた。
「百合ってのはくさいのに加えて、遠慮ってのを知らない姿だな~」

ひどい…

まぁ、たしかにね。。

「謙遜の美徳」なんて言葉は彼女たちの辞書には載ってないさ。
遠慮の「え」の字も感じさせないような、どっぴらきの百合の花たち。
満開の笑みで咲き乱れている。


いいんだよ。

お前たちはそれで。

十分美しいその姿と香りで、私を楽しませておくれ。

わが父には、もう少し我慢してもらうから。。


2009年11月4日水曜日

秋な一日


京都旅行の日記更新も、あと一回を残したまま中断。
毎日PCの前に座り続けているうちに、気づいたら季節は秋…。

今日中に投函しなければならない郵便物があったため、近所のポストまでぷらぷらとお散歩。
素晴らしい秋晴れにすがすがしい空気。
紅葉しかけの木もあれば、すでに葉が落ちて寒々しい雰囲気の木もあり。

あまりに気持ちが良いので、お家に帰ってお湯を沸かし、先日お茶会で余っていただいてきた練りきりのお菓子(紅葉の形)と、京都で買ってきた抹茶を点てていただいた。

夕暮れにぽっかり浮かびあがる富士の山を眺めながら、ベランダのテーブルで。

一日のうちに、一度はこういう時間を持ちたいと思う。