2009年7月7日火曜日

大阪

取材で大阪に行ってきた。

東京と大阪。

あんなに離れた距離をひとっ飛びで結び付けるとは、今更ながら新幹線の偉大さに感じ入る。
明らかに、東京と埼玉の我が家間の方が遠く感じる。
実距離の問題ではなく、体感として。。

さて。
取材後、かねてからの約束通り、釜ヶ崎を案内してもらう。

しとしと雨の降る中、傘をさしながら歩き回った。

「だいたいここからここまでが、いわゆる「釜」と呼ばれる地域。
目安としては、自動販売機の値段が一段安くなっている所がそう。」

たしかに、どこの自動販売機も、80円から100円で缶ジュースなどを売っている。
そのほか辺りを見渡すと、一泊800円から1300円ほどの宿があちらこちらに立っている。
宿ばかりではない。
2008年から始まったこの大不況の中、急きょ大規模なシェルターが設立されたとのこと。
ベッド数600や400のシェルター。
夕方から朝までだが、そこに行けば無料で屋根のある簡易ベッドで休むことができる。
近くには、かつて小学校だったところをシェルターとして改造している所もある。

警察署を通り抜け、普段炊き出しをしている三角公園や四角公園を通り過ぎ。
雨の降る夕方だからか、さすがに人通りは少なく、
しかし通る人はすくなくとも、地面に座って酒盛りをしている人はそれなりにいる。
道路の両脇には、板を建てつけて作り上げた飲み屋が並び、店の人と客が談笑している。

その後歩いて、飛田新地を歩く。
かつての赤線。遊郭だった時代の木造の建物も並ぶ中、全然予備知識がなかったために、結構驚くはめになり。。
非常に印象的なエリアで、大変お勉強になりました。。

その後さらに歩いて商店街に出る。
ここは屋根が続いているため、雨の夜でも人通りはそれなりにあり、店もお客でにぎわっている。
ついでに路上もにぎわっている。。

ここを歩く頃には、このエリアの風景にも慣れ、お店の外観、飲食店のお品書き、八百屋や酒屋や小間物屋の価格帯も眺めながらそぞろ歩き、なんとも奇妙な感覚に浸っていた。

昭和30年代で時が止まり続けている一画。
店の営業形態も、人々の服装も、出ている看板も、すべてが昭和初期の人々の営みをそのまま移してきたかのよう。
なぜだか限りなく懐かしさを感じる。

圧倒的だったのは、「におい」。
人々のにおい、そして食べ物のにおい。
酒の、焼き鳥の、何だかわからない料理の食べ物のにおい、すべてがごっちゃになって経験のない「におい」が充満している。
思えば、現代はできうる限り、人々の生活から発する「におい」を排除してきたものだ。
道路を歩いていて、これほどまでに様々なにおいに包まれたことなど、思い返してもここ最近ない。
少なくとも、通常の東京の街並みにはない。

様々なにおいと、熱気、人々が呼び合う掛け声に、商店街に朗々と流れる演歌、何十年も昔の古くなって錆びた資生堂の看板に、今ではほとんどお目にかからなくなった駄菓子屋や小間物屋。
酒を片手に笑い大声をあげる人に、酔っぱらって地べたに丸くなり気持ちよさげに寝入ってしまう人、ごろんと横になって煙草をぷかぷかふかしている人のわきを、子どもを連れのお母さんが自転車で通り過ぎたかと思ったら、向こうからは妙にうつろな目のサラリーマンがふらふらと歩いてくる、、。

良いも悪いも、きれいも汚いも、衛生も非衛生も、喜びも悲しみも、懐かしさも苦しさも

すべてがぐるぐると頭の中で巡り巡って、
どうにも酔っぱらったような感じになったひととき。

最後はジャンジャン横丁で、串カツと生ビールでかんぱい

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