2012年2月1日水曜日

おわり

ドイツ語の学校がおわった。

最後にみんなで読んだのはHermann Hesseの詩、Stufen。

明日からはそれぞれ、大学やら仕事やら別々の道へ進んでいく生徒たちに先生が選んでくれたみたい。

細かいニュアンスの違いなど、しつこく聞きまくる私の質問にもよく答えてくれて、本当に良い先生だった。

聞くところによると、この先生は、この語学学校で初めて、それまでドイツ語を専門に学んだことがないのにドイツ語教師として採用された人物らしい(大学での専攻は宗教学やトルコ文学)。

そんな彼の採用理由は、他の言語を多く習得しているから。

母国語であるドイツ語に加え、英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、トルコ語、アラビア語など、とにかくいろんな言語を習得していた。
「言語ばっかりやってたから、結婚する暇がなかったんだよ」と本人は笑っていたけれど、そこまで多くの語学を修めている以上、外国語としてのドイツ語を勉強している生徒のこともよく分かるだろうという理由で採用されたらしい。
もちろん、語学教師として採用された後、ドイツ語を猛勉強したとも言っていた。

そんな彼は、習得までは至らぬものの、日本語や韓国語、中国語などが基本的にどのような構造をしていて、どのような点でヨーロッパ言語と異なるのかもよく理解していた。
教師によっては、なぜ他のヨーロッパ人には簡単にできるのに、アジア人には難しいのか、そこを理解できずに一人イライラしているような人も稀にいたけれど、彼はそんなことはなかった。
むしろ、ヨーロッパ人には苦手で、アジア人には得意な文法面もあることを理解していた。

もちろん、全ての語学教師がそこまでの理解と忍耐力を持っている必要もないけれど、彼がこの語学学校で長らく1,2の人気を誇っている理由の一つは絶対にそこにあるのだと思う。


とにもかくにも、長らくお世話になりました。

本当にありがとう!

Thomas!

2012年1月24日火曜日

朝ごはん



ある日のカフェでの朝食メニュー。

ベルリンだけなのか、ドイツ全体そうなのか、カフェで朝食メニューを置いているところは、大抵夕方の四時くらいまで「朝食」を出している。

たまにはちょっと贅沢にカフェで朝食しようと、いそいそ出かけたこの日。
「ベルリンの朝食」「パリの朝食」「ロンドンの朝食」…と、いろんな街の名前をつけた朝食メニューの中から、とりあえずよくわからないので「ベルリンの朝食」を頼んだところ、ものすごい量の「朝食」が来た。

ふと隣のテーブルを見ると、体の大きいドイツ人が、二人でこのプレートを一つとって食べていた。

お店のお姉さん、言ってくれよ、大きいよって。。

朝食というより、朝+昼兼用な感じになった。
まぁおいしかったからいいけれどね。

2012年1月22日日曜日

2012



みなさま、大変遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします。

気がついたら2012年で、というか、その最初の月ももう終わりかけで。
あわてながら脱引きこもりを決行し、いろんなところにいってみたり、それでもやっぱり授業もあるからそんなに毎日遊びまわれないし、ということでアワアワしているうちに、ついに帰国のチケットもとりました。
片道450ユーロほど、往復650ユーロほど。それならやっぱり往復チケットを買った方が全然お得じゃん?って往復チケットの方をクリックしたくなる気持ちを抑え、ちゃんと片道チケットを買ってやりました。

2月の半ばに帰ります。

今は日本の白いお米と焼き魚、おひたしなどを食べ、美容院と病院に行くのを夢見ながら、ドイツのビールとロスマンのミューズリ、そしてベルリンのこの自由な空気と時間と別れるのだけはちょっぴり悲しいなぁと思いながら、最後の授業に通っております。
正直、食べ物に関しては、ベックスのグリーンレモンとロスマンのミューズリさえ日本で日常的に手に入るなら、ドイツに思い残すことはありませぬ。ああ、あと近所のケバブくらい?


それはさておき。
残りの一カ月は、今までサボりまくってみてこなかった美術館、博物館を見たり、コンサートなどに行ったりしたいと思っています。

(あ、写真は本文とは全く関係ないながら、ベルリンの壁が残っているイーストサイドギャラリーのアートです。この写真には写っていないところに、「日本地区への迂回路」と書かれています)

2011年12月3日土曜日

師走



12月がはじまりましたね。

ベルリンでもいろんな広場でクリスマスマーケットが賑わっています。

ストーリー

私は船に乗って長い旅路に出る。
目指すのはカリブ海だ。

そこで私は海賊になる。

マスクも用意した。
革製の頑丈なものだ。

これで大統領を暗殺できるだろう。

唯一の問題がある。
それは、武器がないってことだ。

床に大きな石が転がっている。
あれを拾うだけの時間があるだろうか。

しかしそれしか方法はない。
それが私に残されたたった一つの道なのだから。


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ある日の授業。
生徒がくたびれモードなもんで、皆で物語ゲーム。

3人×6グループになり、皆でショートストーリーをつくっていく。
最初のグループが1,2行の文章を書き、次のグループがそこに新たな物語を足していく。

だけど、それぞれが読んでいいのは前のグループが書いた文章だけ。それ以前のグループが書いた物語は読むことができないから、全体像は把握できない。

それででき上がった物語は全部で6こ。
そのうちの一つがこれ。

つじつまが合っていないようで、それなりになっているから面白い。

2011年11月1日火曜日

オレオレ?

携帯電話に知らない番号から電話がかかってきた。

出てみると、年配のドイツ人女性がうわーっと喋りまくっている。

以前、「知らない人からだ」と思ったら、実は知っている人だった…ということがあったから、しばらくは黙って喋っているのを聞いていたけれど、どう考えても私の知っている人ではないし、話している内容も私には無関係そう。

なので、途中で「失礼ですが、どちらさまですか」と聞いてみた。

すると一瞬の沈黙の後で、
「おばあちゃんよ。あなたのおばあちゃんじゃない!」という。

え。。

あ、そうか。おばあちゃんか。

やだなー、私ったらうっかりもの。


と思ってみたものの、いやいやまてまて。
私のおばあちゃんは2人ともとうの昔に亡くなっている。

なので、再び喋り始めている相手の話を中断して、

「申し訳ないけれど、番号を間違えていると思う。
私は日本人で、みうらまなみというものです。
あなたは私のおばあちゃんではありません」といってみた。


そうしたらかなりの沈黙の後、ものすごいショックを受けた声で、

「何を言っているの!
あなたは私の孫よ!
その私のことを、あなたは忘れてしまったの??
私のことを忘れたというなら、おじいちゃんのヘルムートのこともあなたは忘れてしまったの!!」ときた。


え~、、。
そういわれると自信なくなるな~。
う~ん、すっかり忘れてたけど、そういわれれば私のおじいちゃんはヘルムートという名前だったような……。


いやいや、まてまて。
私のおじいちゃんの名前は、たしか季彦と村夫だったはずだし。
というか、その前に私は日本人だし。
どう考えても、ドイツ人のおじいちゃんやおばあちゃんがいるのはおかしいと思うんだよね。

で、らちが明かないので、ちょうどその時部屋にいたドイツ人女性に代わってもらった。
しかし流暢なドイツ語に代わっても、むこうに事情を理解してもらうのにはだいぶ長い時間がかかったよね。
途中から彼女も苦笑し始め…。

「とにかく、彼女は日本人であなたの孫ではないから、もういちど電話番号をよく確かめて電話し直してください。
どうしても緊急の場合は、一緒にもういちど考えましょう」
といってくれて電話を切った。


どうやら彼女は87歳のおばあちゃんで、イギリスにいる孫に赤ちゃんが生まれたそのお祝いに、電話をかけたつもりだったらしい。

いやはや。。

でも、その後電話がかかってこないことをみると、ちゃんと孫に繋がったと考えていいのかな。

2011年10月29日土曜日

Glühwein



寒い北風が吹く中、ポツダム広場の辺りをさまよっていたら、ワイン専門店が店先にテーブルを出してグリューワインを売っていた。

そんな季節になったんだな~

「ひとつちょーだい」と注文。
二人いたから「二つだろう」と言われるけど、一人で私はそんなに飲めないの。

友達と半分こするから「ひとつ」と言い張っていたら、「仕方ないな」的にコップ半分に分けてくれた。
まわりのおっちゃんたちに笑われたけど、かなりなみなみついでくれたね。

写真だとコーヒーにしか見えないけどね。
香辛料とか入れた赤ホットワイン。

体があったまりました。